トランプって結局なに?

話の居酒屋

第二十一話

今夜は、おっさんが二人、小難しい議論をしている。話はどうやら、うっ憤もからんで、今日の世界をおおう暗澹たる状況についてのようだ。

写真はフリー画像集より

よく聞いていると、どうも二人は、二種の立場をそれぞれ代言しているように見受けられる。以下はこの問答禄が勝手に割り振った名称だが、その二つを仮に、「自称陰謀論者」と「歴史力学論者」と呼んでおこう。

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自称陰謀論者(X) 「僕はね、自分を一種の陰謀論者」だと考えてるんだが、それは、世に言ういわゆる「インボー論者」のことではない。この俗称「インボー論者」ってのは、悪事の犯人たちが、自分たちを告発する正論に対し、それを無効にしようとそれに張り付けるレッテルのことで、その正論を世論から抹殺することを目的にしている。要するに、じゃま者にそうレッテルを張りまくって議論をウヤムヤにし、その煙幕の中で逃げ切ろうとの手口。だが、僕のいう陰謀論者」は、その正論を述べる人たちのことで、真面目に問題を研究し、地道な努力を重ね、その悪玉たちを正しく批判している。もちろん、実際には、便乗組の雑音同然の論者もちり芥のようにいて、話をいっそう混迷させてしまっている。」

歴史力学論者(Y) 「なるほどね。だからその悪玉にしてみれば、インチキな「インボー論者」も現れて世論をかき回してくれるなら大歓迎ってわけだ。要するに、社会にそういうふとどき者がいるっての雰囲気さえできればいい。今や世界の先進諸国では、あけすけな弾圧はできないだけに、そんな、巧妙な世論操作が展開されている。そういうわけで、「インボー論者」と言われている人たちの中にも正論を言っている人がいるだろうから、“糞味噌いっしょに”してしまってはいかんということかな。」

X 「まあ、そういうことで、その見分け、聞き分けが肝心。」

Y 「それはそれでまさに正論なんだが、そういう正論陰謀論者自身も、その悪事の下手人を明快にどこの誰とも呼ばず、たとえば“ディープステート”としか呼べない。そういう指摘はなんとも抽象的で、歯がゆく、パンチ力を欠き、張られた煙幕を吹き飛ばせるほどの大風になれそうもない。

X 「それはその犯人たちが、徹底した秘密主義をもって、証拠の隠蔽を貫いているからだ。決して足が付かないよう、巧みに逃れられる抜け穴まで準備している。だから、犯人捜しも、せいぜい、その抜け穴の手前までは行けても、それ以上は追い込めない。ゆえに、そういう抜け穴まで用意して犯人をかくまえる超国家的存在こそ根源的な下手人であって、そう“ディープステート”と抽象的に呼ばざるをえない。」

Y 「つまり、私たち誰もが属しその法律に従うことを強制する最高権力のはずの国が、最もあくどい犯人だけが使えてその国ですら手が付けられない、そんな悪にとっての聖域な仕組みが隠されて存在しているってことだよね。だから、その聖域のこっち側で、その犯人を何とか追い詰めたとしても、またしても追及者を「インボー論者」と決めつけて煙に巻き、逃げおおしてしまう。つまり、そうした正論とレッテル張りの堂々巡りが永遠に繰り返される。そういうことであるなら、そんな堂々巡りに巻き込まれるのではなく、その堂々巡りを用意している《悪の聖域》を前提にした論争次元――それをともあれ〈歴史力学〉と名付けよう――に立ち返り、その歴史構造を問題としてゆくしかない。」

X 「そういうことだね。どうやら我々の違いは、「インボー論者」ってレッテルを張られようとどうだろうと、身を張って反論するのか、それとも、そういう世論操作に巻き込まれることを避け、その外側に立つのかっての戦法上の違いかな。つまり、身の置き場所は違っても、問題にする中身は共通している。」

Y 「だからね、今度のトランプへの有罪の陪審員評決にしても、それは、トランプのスケベ行為の後始末で足が付いた比較的軽微な犯罪について、この《悪の聖域》の手前の、現行の法制度上に限った黒白評決ということだ。つまり、いま問題の《悪の聖域》は何ら触れられていないし、あえて触れるのを避けて肩すかししているみたいだ。一方トランプは、いわば金と欲の抜け目ない大立て者で、その強欲高じて大統領職を再度攻略しようとしているのだが、それを、自らあたかもこの《悪の聖域》の訴追者のごとくに、正論陰謀論者の言う「ディープステート」論を巧みに便法として、負けた選挙に難くせすらつけて、そんなちんけな裁判をさえ、アメリカの正義を分かつ天下分け目の裁きの如くへとすり変えようとしている。つまり、国の政策――《悪の聖域》者に代わって国民をあやつる――の餌食となった主に白人労働者階級の代弁者を演じることで、あたかも《悪の聖域》に向かって共に闘っているかの大衆化芝居を演出して支持者とさせ、アメリカ社会を分断している。大した役者だ。先のレッテル論でいうなら、「インボー論」を逆用して、政治的謀反を正道と言い換えてしまう情報戦の巧者。」

X 「要は、アメリカ社会をその聖域から牛耳る長年の“ディープステート”の実際の陰謀にほころびが出始め、それに気付いたアメリカ人たちが増えだしている。そこに目を付けたのがトランプであり、その亀裂を自分の強欲の頂点である大統領職乗っ取りの戦法に利用している。そういう意味では、そのトランプの得手勝手な抜け目のなさのおかげで、正論陰謀論者の主張が奇妙な具合ながらも広まったのは確かだし、《悪の聖域》の神通力も半減したと言えるかも。」

Y 「言い換えれば、トランプは、いまやその〈歴史力学〉上の転換のための大出し物の花形役者としてスポットライトをあびている。つまり、既成のアメリカの政治構造を揺るがし、たとえ全体の代表者ではなくとも、半分を味方につけることで、アメリカや世界を動かそうとしている。」

X 「それって、トランプ熱が冷めてから見れば、アメリカの半分を見捨てて、アメリカの一極覇権の生命線を断つ力学作用だったということなのかな。」

Y 「大筋、そういうことなんじゃないか。だから、我々にとって、アメリカの大統領選挙のどっちが勝とうと、もはや白々しくしか見えないのは、その半減してゆくアメリカの自滅のシーンを目撃しているからだろう。もう、かっての栄光あるUSAは復活しない。だからおそらく、《悪の聖域》にしてみても、その仕組みのボロが露呈し始めたアメリカから手を引き、このトランプ劇をもって、次の《悪の聖域》の場を用意しているということなのだろう。それがいま、〈歴史力学〉が私たちに示唆していることだと思うな。」

X 「ならば、その次の《聖域》というのはどこなんだろう。」

Y 「現在の世界情勢から見えてきていることは、まずは新たな冷戦構造で、そのバトルのマッチは、中露vs西側戦だね。そしてその対立軸は、これまで西側が掲げてきた民主主義は一応その表看板上には残されるだろうが、だがその内実は、もっと直接即応に君臨できる、骨抜き民主制と実質軍事制。」

X 「今のところ、いきなり3次の世界大戦まではおこせないから、目下の点火地点はウクライナやイスラエル・パレスチナ、そして緊張高まりつつある中台ってとこか。実にいやな雲行きだな。」

Y 「つまり、〈歴史力学〉の観点で言えば、《悪の聖域》勢力は、アメリカという一極覇権を利用し尽くしたので、今度は世界をまたしても二極化する対立へと変えることで、自分たちの新たな歴史的《聖域》を築こうとしているんだろう。おぞましいけど、それが〈歴史力学〉上の筋書きなのかも。」

X 「歴史は繰り返すっていうが、今や、そんな〈歴史力学〉がもたらす三度目の大戦争前夜ってことなのか。とてもじゃないが、並の人間の考えることじゃないな。それに、そういう〈歴史力学〉ってのも、おそろしくシニカル。」

Y 「我々のようなふつうの人間なら、そんな二極間での殺戮のし合いなぞにはとてもじゃないが加担できないし、そんな二分のいずれの側にも立ちたくない。だから、シニカルでも〈歴史力学〉には注視していかないと。」

 

二人のやり取りはこんな具合なのだが、いくら居酒屋談義だとしても、そうは簡単に意気投合し、「カンパーイ」なんてことになれる話ではない。むしろそんな居酒屋では、二人の議論なぞ尻目に、彼らの息子や孫ほどの世代が、今日の互いの話題をつまみにメートルは上がり、大いにモリアガッテいる。

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