自動車産業が二つの面で転換点にさしかかっている。

第一は、電気自動車へのシフトで、石油を燃料とする車は、環境負荷が大きすぎ、もはや撤退の運命にさらされている。

第二は、自動運転技術の開発やカーシェアリングの普及で、(乗用)車の主たるメリットは、もっぱら移動のための手段に変貌しつつあり、それを所有、まして高いコストに代えてまで個人で私有する動機は薄れつつある。言い換えれば、民間セクターの参入も含め、移動手段としての車の「公共化」である。

そこでもし、この電気化と非所有による公共化が不可避とするなら、輸送における車と鉄道を分ける境界はさほど明瞭ではなくなり、運輸システムの枠組みに根本的変化が生じてくる。

すなわち、別々に発達してきた車と列車、あるいは道路と鉄道という二種の交通方式は、そうした区別を不必要とし始めている。 詳細記事

第四章

選ばれた誕生

 

突然だが、こんな自分が、ある日、人の親になった。

それが見栄っ張りの延長だったか、逆に断念だったか、よくわからない。延長ではない気がする。一応は女性だった私が、実は20代から30代のある期間、生理がなく、しかし、生活に不自由は感じなかったので、苦にもならなかった。煩わしさがなくてよかった。男ではないから、女。それで十分だった。それが30代の半ば、ある男に出会ってほどなく生理が再開。え?と思ったが、正直、彼にときめいたわけでもなかった。小柄で痩せてタバコ臭もある男。(まだ腹も出ていず、髪も豊かだったが)私と同い年だが、初めての会話で「僕、甘えたいんです」などと言う。その他、頼もしさの正反対をあれこれ聞かされ、こちらの緊張がほぐれたのは確か。初対面でカネの話をする率直さも驚きだった。給与明細見せて、「これに家族手当が加わると…」などと、現実そのもの。家族手当など、当時の私自身の収入に比べたら些細なもので、とても引き換えにできるものではなかったが、当時は主婦の税制がどんどん優遇されていた。主婦になれるなら、ならなきゃ損だとまで思わせる迫力だった。私もそれにのまれたようだ。フルタイム勤務は諦めて、パート勤務の主婦も悪くない…などと考え始めたのだから。 詳細記事