巡り合った二つの古代溜池

1200年を越えて残る土木遺産

昨年11月の日本滞在の際、ことに訪れたい目的地がありました。それは、香川県にある満濃池で、1200年前の飛鳥時代、弘法大師空海によって修築されたものです。加えてその道すがら、友人の助言もあって、それにさかのぼる200年前の西暦616年頃に築造された大阪府の狭山池もたずねることとなりました。こうして、古代日本の農業灌漑用溜池のうち、前者が最大規模の、後者が最古のものであるという二大名所を実際に訪れ、それがきわめて意義深い土木史遺産であることのみならず、自分が生涯曲がりなりにも携わってきた専門分野が、畢竟(ひっきょう)何であったのかを再認識することとなりました。【English版

満濃池(まんのう町ウエブサイトより)

 

私が当初、四国香川の古代の溜池という歴史的インフラストラクチャーを見学しようと思い立っていたのは、主に二つの理由からでした。そのひとつは、私が生涯のおおむねを土木技術者で過ごしたという、いわば同郷を尋ねるかの思いで、第二は、先に論じたように、あの空海が携わったという日本という国のいしずえに関わる事業がゆえにです。

そこで、もし自分と国土を結ぶ何らかの因果があるとするなら、そしてそれが必然的でもあるものならなおさら、その地を訪問することで、その片りんでもを確かめられるかも知れないとの予感が頭をかすめていたからでした。

それに加えて、私がそういう目的を持って来ていることを友人に話すと、自分の住む大阪堺市の近郊にあるこれも古い溜池である狭山池のことをふと思い出してくれ、そこに案内もしてくれました。そしてこのほとんど偶然のように到来したさらなる機会が、そこに現存する1400年前に築造の溜池と、ほんの最近の2001年に開館したばかりである、安藤忠雄氏設計による狭山池博物館という、〈古代と現在との千余年をまたぐつながり〉をみごとにもプロデュースした創作品を目の当たりにする体験を持つことができたのでした。

ちなみに、この博物館を案内するパンフレットには、子供たちにも理解できるようにでしょう、こんな風な説明があります――

「狭山池博物館は、2001年に開館したの。平成の改修で発見された貴重な土木遺産が展示されているわ。建物は有名な建築家の安藤忠雄さんが設計したの。」〔中略〕「館内に入るとすぐに大きな土の壁が見えるわ。本物の堤防をうすく切り取ったものよ。」〔中略〕「狭山池がいつごろ作られたかは、長い間、謎だったのよ。でも、平成の改修で堤の東から発見された、コウヤマキの樋の年輪から、西暦616年ごろに作られたってことがわかったの。推古天皇や聖徳太子の時代ね。」〔中略〕「7世紀は、仏教を盛んにしようと寺院が建てられ、都市や道路も整備された時代だね。百済(韓国)や隋、唐(中国)から技術や文化、法律なども取り入れたよ。諸外国と対等な関係を作るために、水を確保し農業を盛んにして、日本を豊かな国にしようと考えたんだ。それで狭山池がつくられたんだね。」 

〔現物のパンフレットは、難しい漢字にフリガナを付し、全文、英訳もされている〕

平成の改修時に切り取られた現物つまり原寸の堤体断面と江戸の改修時の樋(狭山池博物館ウエブサイトの写真を借用)

このように私は、偶然というよりシンクロニシティが現に起こったような、このふたつの古代溜池にほぼ同時に巡り合い、なにやら、自分の十代末のロマンあふれる時へと舞い戻ったような、爽やかな気持ちになっていました。というのは、本サイトの兄弟サイトである『フィラース Philearth』の名を生んだ、一学生として土木屋の卵が抱いていたひとつの初志へと回帰したかの体験だったからでした。

 

さて、そんな思いにひたりながら、その四国香川の地からの帰路は、今度は、瀬戸内海を列車ごとひとまたぎ出来てしまう、まさに近代土木技術の粋を集めた瀬戸大橋を、その一乗客として渡る体験を味わっていました(下がその動画)。

 

 

このようにして、日本の土木技術に関する古代と現代の両極における産物までをも思い掛けなく実体験することとなり、三年ぶりの日本どころか、五十数年あるいは千数百年の時間の隔たりすらも吹っ飛んでしまったような、不思議かつ重層した凝縮感を享受していたのでした。

だからこそ、先の11月22日号に述べた「日本的エコロジカル社会」に描かれた回帰的視野ももたらされたのでしょう。

 

以上のような今回の日本滞在体験がもたらした産物を、「必然」と言ってしまうのは過剰な思い入れかも知れません。そうではありますが、それを「偶然」で済ませてしまうのは、これはこれで余りな「無思慮」とも思えます。

ともあれ、こうした「必然」と「偶然」との間の、これまた《両生空間》にあって、私の〈日本人〉意識は、“量子雲”のごとく漂っています。

 

 

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