私を産んだ<チンポ>(その3)

著者:幸子

第三章

ユーキチじいさん

 

ユーキチじいさん、テツよりは利口だったようだが、惜しむらくは、その熱心な稲荷信仰。熱心すぎて、いなりのいーなり。すっかり食われてしまったことだ。

カズエから聞いた話では、じいさん、自分が60過ぎで死ぬというお告げを信じていたが、それを過ぎても死なないので、自分は生き過ぎだと、断じ、自殺したという。80を過ぎていた。猫いらずか何かの服毒自殺だったらしく、カズエは家族からではなく、近所の人の話を小耳に挟んで知ったようだ。

信じ込むというのは怖いなと思う。この話を聞いて、我々なら、先ず、吹き出してしまう。

人の寿命を言い当てようとした、イナリさんか何者か知らんが、見事に失敗したのだ。それまで、何やらご利益的なことで、じいさんを引き付け、奉(たてまつ)らせることに成功していたが、寿命については当てられなかった。「イナリとはその程度のものだ」と気付けばすむことだ。

60何歳から80何歳の間、いくらでも考える時間あったのに、それに思い至らないというのはすごいものだ。じいさんの盲信、じいさんの信仰というものは…。

なぜ、ちょっと訊いてみなかったのだろう? 孫のカズエにでも。小さな子どもほど、そういうことはよくわかる。自分をよくかまってくれたじいさんの為に10歳のカズエは一生懸命考えて、きっと教えただろう、

「イナリさんにも苦手はあるよ、ハズレて幸い、じいちゃん、寿命トクしてよかったね」とか言って。

 

そうそう、忘れてならないのは、天子(てんし)様行列見物に連れて行ってもらったこと。カズエ6歳ぐらいだったというが、町まで乗り物にまで乗って行ったんじゃないかな。大通りに大勢並んで天子様(天皇を昔はそう言った)のお通りを待っていた。やっとその人が来たというので、見ようと頑張ろうとしたら、じいちゃん、カズエの頭を押さえこんで言った。「お顔を見たら、目がつぶれるぞ!」と。お辞儀の姿勢のまま行列が通り過ぎるまで押さえこまれていた。「あほらし」とカズエは思ったそうだ。「わざわざ、ここまでやってきて、目指す行列の肝心なモノ見ずに帰るって。一体何のために来たの?」と。

 

じいちゃん、その昔、天子(てんし)様とか、現人神(あらひとがみ)とか言われた人物、結局は、神風も吹かせられずに、大勢の若い兵士を犬死させたよ。世界初の原爆投下実験に自国の非武装、無辜(むこ)の民をどっさり差出し、戦争負けて、人間宣言したんだよ。世にも恥ずべき宣言を。(かみ)改め、象徴とやらになり下がったその男は、さいごはガンで死んだよ。ケツの穴から出血しまくってね。

我々食事中にも、お構いなく「下血(げけつ)ニュース」流されまくって、さんざんだった。

現人神(あらひとがみ)のなれの果て。それでも目覚めぬ国民は、またぞろ、その息子を担ぎあげた、天皇に。

先代と、どっこいどっこいの、お頭(つむ)の程度のその面(つら)は、どう見てもキツネかタヌキ、その辺だ。一族郎党その生き物たちに、何ができるって、繁殖だけだよ。

それをいいカネヅルにしたがる取り巻き連中が、国民の血税貪り,やりたい放題やってるよ。今もやってる、やりたい放題…

 

じいちゃん、死んでから気付いた? 自分が騙されていた、と言って気に障(さわ)るなら、相手を買い被っていたって。それで増長させたのよ、彼らを。相手なしでやっていけるのはどちら側? 我々の方でしょ。取引相手を必要としているはイナリや天皇。独り君臨したって、奉(たてまつ)り、貢ぐ民がいなければ、彼らの生業(なりわい)、成り立たんのだから。

(みつぎ)に見合う恩恵を受けたためしもないままに、またぞろ、ぞろぞろ貢ぎ続ける、そういう民(たみ)を、じいちゃん、一体どう思う?

 

つづく

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