パリで生じた風刺漫画週刊紙『シャルリー・エブド』社へのテロ事件をきっかけに、もちろん、その前に発生したシドニーでの立てこもりテロ事件もその背景にあって、オーストラリアで、民族差別にかかわる“独自”かつ“ご都合主義的”な論争がおきています。
「独自」とは、このパリのテロ事件の引金となった風刺漫画を、もしオーストラリアで発行しようとした場合、オーストラリアの法に抵触する恐れがあるというものです。しかしその一方、かねてから、そうした法規定が厳しすぎるという法改正議論があります。そして、今回のテロ事件を機会に、主に保守陣営から、ひとまず落ち着いていた改正議論が蒸し返され、ご都合主義の便乗論との声も聞かれます。
オーストラリアでは、差別禁止にかかわる法律には、憲法の原則規定のもと、人権に関する法と民族差別法があって、それぞれ、違反を監視する委員が置かれています。
そして、民族差別法の18C条項に、「民族、肌の色、出身の国あるいは人種を理由とした個人への攻撃、侮辱、恥をかかせること」を違法とする条項があり、へイトスピーチといった極端な「社会論争を沈黙」させてきています。
そこで問題の風刺漫画に関しては、この条項による検閲問題となるのは間違いなと見られているわけです。多文化主義を国是とするオーストラリアにとって、民族・人種問題にこうした法的規制は原則とされているわけです。
ただ、民族差別法の18C条項が違法とするのは、個人に対するそ うした行為であって、宗教に対するものは含んでいません。しかし、その除外にも、純粋な学術的、科学的、公益的目的、そして公平な解説のための芸術、論争、出版についてのみとの縛りがあり、事実上、社会での宗教への中傷や攻撃的な議論を「沈黙」させてきている効果はあったわけです。
私の見る限り、シドニーでの立てこもりテロ事件は、犯人本人の過激な扇動行為にもかかわらず、現在までのところ、それに対する反発より、社会的対立をなるべく深めないようにしようとの、オージーたちの「多文化主義」を支持する健全な意向が大勢をなしているようにうかがえます。
また、フランスの風刺漫画紙にみられるような、皮肉を込めた表現を好む風土は、オーストラリアには見られません。一部にあったとしても、それはもっと素朴にストレートです。
同じ移民問題といっても、周辺国と地続きのヨーロッパと、大陸ながら島国のオーストラリアとでは、移民流入の圧力には異なりがあります。
しかし今後、昨年の立てこもり事件を見ても、オーストラリアでも移民問題が深刻化する兆しはうかがえます。