今回の本稿にのぞまれる読者は、その前に、松岡正剛が『千夜千冊』の1770夜(2021年4月30日)で取り上げているミシェル・セール著の「小枝とフォーマット」に目を通してからにしていただくと話が早いはずです。

これは、相変わらずの私の牽強付会ですが、そこで言われている「フォーマット」とは、どうやら私が言う「出生や国籍に伴う釘付け」という着想が、別のメタファー力を使って言えば、その「フォーマット」であったと置き換えうる、そうした同等性が指摘できるからです。 詳細記事

 

「自分って何人」との問いに答えることをいかにも難しくさせている原点に、そういう自分はその意志とは無関係に、親という他者をもってこの世に登場させられたという論理上の理不尽があります。気が付いた時には、良きにつけ悪しきにつけ、その親にまつわる様々の現実に釘付けされて自分はそこにあるわけです。自分の意志が問われたことは一切なかったのに、その起点に戻ることさえ不可能である。論理上、これ以上の理不尽はないでしょう。したがって、「自分って何人」に答えるほとんどの事由は、この理不尽な原点に由来することとなります。 詳細記事

私は、オーストラリアに住んで、あと4カ月ほどで37年になります。時のたつのは早いものとは言いますが、オーストラリアに到着した日のことがつい最近のことだったように想い出されます。それに、私はいま74歳ですので、人生のぴったり半分づつを、日本とオーストラリアで暮らし分けたこととなります。

自分の生涯が、このように、生まれついた国と、自分で選んで住みついた国との二つの世界にまたがってしまうと、本シリーズのタイトルのように、まさに「自分って何人」との思いが切実になってきます。しかも、日豪各々37年づつのそのまさに均衡体験をもって、またがる両足への体重配分も、微妙な意味合いを含むようになってきています。 詳細記事

国籍問題について、以前どこかで大坂なおみが、インタビュアーの「あなたのアイデンティティは?」との質問に、「私は私」と明快に答えていました。

国籍問題は、私の場合、自人生の内で、しかも中年になってようやく到達した自らの選択課題であったのですが、彼女のような場合では、自分の生まれそのものが二つ以上の国や世代にまたがっているケースであるわけですから、その自問自答の枠組みは、私の「選択問題」とは違って、それこそ親の時代に始まり、繰り返し問われてきた問題であったことでしょう。

あるいは、そうした「混血」――“ハーフ”あるいは“ダブル”と言うべきなのか――がもたらす事柄が際立って採り上げられ、インタビュー質問されること自体、「日本的」ともいうべき出来事なのでしょう。

前回に述べたように、「アイデンティティ」という語には、英語上――少なくとも私のオーストラリア体験の限り――、国籍問題をあたかも個人の日常の「心理問題」あるいは「法律的問題」に置き換える実務的側面があります。つまり、それほどに「ありふれた」問題であるわけです。 詳細記事

日本人って何なのだろうと、漠然とながら考えさせられ始めたのは、もう40年近くも昔、オーストラリアでの留学生生活に入った時でした。それは外国暮らしという、言うなれば重篤患者同然の生活が始ったがための副作用でした。そして、自分がそこにいるのは、日本を代表してとは言わずとも、少なくともその国名くらいは背負っているとすべき、そんないかにもしゃっちょこばった使命感にとらわれている自分を発見したからでした。そこでもちろん、そういう“いわれのない”ことを意識している自身に違和感すら感じたためでした。

だがそれも、その暮らしにだんだん慣れるに従い、そんな思い入れとも縁が切れるように、ひとまずそう自問自答することもしだいに薄れて行きました。

それが外国暮らしが長期化し、当初の留学目的以上の学位を修得し、加えて、永住権の獲得という“大余禄”にまで達した時、その「日本人って何」とか「自分のどこまでが日本人で、どこからが日本人でないのだろう」という問いがふたたび、強く意識にのぼってきたのでした。

このシリーズは、そうした自分の体験をもとに、通常、真剣に考えることのまれな、あるいは、さして考えもせずあたかも当然の話とされる、そうした国籍問題を皮切りに、自分にまつわる選択問題について語ってゆきます。 詳細記事