運動論の進化

2024年1月7日〈日〉

自慢話をしようとの積りはないのだが、最近の健康関連の記事を見ていると、なにやら、どちらの専門家も、事実上、私のやってきたことを後追いしているようにも伺える。たとえば「日経Gooday」新年号に、「スーパーシニアにまなぶ;元気とたくましさの秘密」という記事がある。そこで特に強調されているのが、筋肉の役割である。

ここではその詳細には触れないが、それを読んで思わされたのは、数年前までは、ことに健康目的の運動には無理は禁物でほどほどにしておけ、といったのが医師や専門家の常套アドバイスだった。

当時私は、そうした話を読んで、まさに自分は無理をしているなと苦笑気味にそれを無視した。そして、自分ペースのエクササイズに精をだした。

そうした「無理」のおかげで、一時は消えていた自分の足に筋肉がもどってきたのを、この道こそ間違いないと直観し、その効用に自信さえ抱いていた。というのは、それによる自身の爽快感が、単なる健康維持のレベルでは到底ないとの実感を伴っていたからだ。

それを世の専門家はまるで私の体験を追認してくれているかのようだ。彼らは私の記事を密かに盗んでいるとは言わないが、読者の一人なのかも。

 

2024年1月11日〈木〉

このところ、蒸し暑い日が続いている。今年の夏は雨が多く、オーストラリアらしいカラッとした夏ではない。

今日はその蒸し暑さも最高、湿度は100パーセントに近く、温度も30度に迫る。

そんな中、途中リタイアも覚悟で、はじり始める。さすがに3キロで折り返し、スローペースで6キロ。タイムは53分9秒と、キロ8分52秒。歩くよりやや早い程度。それでも、完走することで気分がいい。

『フィラース』にも書いているが、今の自分にとっての運動はかっての運動とはちがう。以前の運動は××のためと言った手段だったが、いま、運動は、呼吸や食事や排せつや睡眠に並ぶ、日常生理行為と言っていい。運動不足は、睡眠不足や呼吸不足に並ぶもので、しないとその日の調子が悪い。そういう感覚になってきている。

 

2024年1月12日〈金〉

泳いだが、水温が高く、体温が上がり過ぎた。何とか10ラップは終わらせたが、二日前のタイム28分43秒と変わらない、28分44秒。プールから上がって水シャワーで体を冷やす。

 

2024年1月13日〈土〉

暑さのため、歩きに切り替え。4キロで36分44秒。

 

2024年1月15日〈月〉

こういうことが時々おこる。今日は雨模様の涼しい日(24度)。その雨の切れ目をねらって、はじりを開始。昨日の休養の後なので、ちょっとやる気を上げて、早めのペースで4キロ地点が33分45秒。この調子と、延長して6キロまで伸ばして50分5秒で折り返し。

帰路は、さらに調子が出て、「はじり」からスプリングがききだして「走り」モード気味に。それを帰路のほとんどを続けてゴール。タイムはなんと1時間38分50秒。昨年11月の12キロのベストタイムが1時間39分42秒なので、1分近く早い。

これを、キロ当たりタイムに換算すると、4キロで8.42、6キロで8.35、12キロで8.23だが、帰路だけの6キロだと48分37秒なので、8.10分/キロとなる。8分台を切るのももう少しのところ。

くわえて、体重も73.6キロと、近年にない減量。

終了後は、さすがに体は“出し切り”感にとらわれ、心的な余裕も底をつく。

ところで、昨日は、久々に外食し、ケバブのライム肉をたらふく食った。この高パフォーマンスは、その肉食のおかげか。

Bookmark the permalink.