今号の目次

QL-Day 350(2019年12月9日〈月〉)

相変わらずの煙害で、戸外での運動は有害との警告。なのだが、体がじっとしていられず、はじり出してはみたのだが、調子がまったく上がらずに、4キロで打ち止め。しかも、復路のほとんどは歩き。やはり、煙害の影響か。 詳細記事

QL-Day 335(2019年11月24日〈日〉)

この欄の5年前の3月に、エクササイズについての以下のような記事があります。 詳細記事

QL-Day 324(2019年11月13日〈水〉)

さすがに今日の10キロはじりはきつかった。気温が27、8度あったためだ。それに最近は、温度への耐性も落ちてきている。それでも、標準タイム+43秒だから、さほど悪いタイムではないのだが、終わってからの疲労感が尾をひいた。 詳細記事

QL-Day 303(2019年10月23日〈水〉)

今日のオーストラリアのニュースのひとつは、異常気象による日照りが何年も続き、農業を断念する人たちへの政府援助の報道である。日本は、そんな雨不足とは反対に、繰り返される洪水被害のニュースである。いずれにせよ、自然災害は、耐えうる限界を超えてしまっているという話だ。 詳細記事

QL-Day 287(2019年10月7日〈月〉)

この日、この一週間ほど我々と行動を共にしてきた日本女性を、中パ国境の山村、ソストで見送った。満席のそのマイクロバスは、その後、標高4,733mのクンジャラブ峠をこえ、緊張はらむ中国西域、新彊ウイグル自治区に入っていった。十時間以上を要する容易でない旅程である。以下、この風変わりな女性のことを記しておきたい。 詳細記事

QL-Day 276(2019年9月26日〈木〉)

当地での不思議のひとつは、下界は30度を越える乾燥した暑さにもかかわらず、山々は、白く雪をいただいていることだ。むろん、下界と山々とは、5千メートルほどの高度差があるわけで、それはそれで納得する。しかし、視界にはいるその間近さとその暑さが、その納得を許さない。 詳細記事

QL-Day 254(2019年9月4日〈水〉)

来週末のシドニー・マラソンを控えているからなのだろう、私の常連コースを走る人たちが増えている。皆、若い世代で、軽いトレーニングなのだろうが、スイスイと追い越されてしまう。争う気持ちは全然ないが、昔、オタオタと走っている年配者を見て、無理をしなくてもいいのにと労り心を持った記憶がよみがえる。 詳細記事

QL-Day 245(2019年8月26日〈月〉)

8キロはじりだが、ここのところ、そうとういい調子かと思っていても、ゴールしてタイムを見ると、キロ8分の標準ペース以上にはなっていない。まあ、欲張ることはない。はじれることで満足するか。 詳細記事

QL-Day 232(2019年8月13日〈火〉)

水泳を再開してふたたび困るのが、皮膚のかゆみ。プールの水の塩素殺菌剤のためだと思うのだが、水泳後のシャワーくらいでは効果ない。ことに、背中の両脇と、両足首あたりが顕著。 詳細記事

QL-Day 211(2019年7月23日〈火〉)

今日は春のような日和。それにつられてプールに行き、二カ月ぶりに1500メートルを完泳した。そのタイムは、二カ月前とわずか1秒違いの40分33秒。 詳細記事

先に日本で滞在した際、地元通に案内されて、三重県多気町にある異色な“食事処”に行った。まずひとことで言って、「新しい業態の和食レストラン」で、私的見解ながら、強い将来性を感じるものでした。

その和食レストランは「まめや」と言って、地元の農業法人が営んでいる。その説明をパンフレットから引用すると、こうである。 詳細記事

QL-Day 197(2019年7月9日〈火〉)

政府が認知症と深刻に取り組まなければならないのは必至だが、我が「健康エコロジー論」から言えば、認知症とは、「生き方上の自閉症」とも言える。確かに年齢と関係しているように見えるが、それは、高齢になるほど生活上のフレキシビリティがなくなり、家族をも含んで、周囲の社会とつながり合う回路が断たれてしまったがゆえだ。いわゆる「認知能力」の衰弱は、その断絶の知能面への現れだ。むろん、身体上、行動上、習慣上などの他の現れも伴う。

また、逆に言えば、それは、現役時代の過剰適応による凝り固まった生き方形成による引退後の環境に適応できなくなったが故にだ。

現役時代に「人間ドック」で診断するように、「人生ドック」を行って、生き方のフレキシビリティの診断をはかることが必要だろう。 詳細記事

あとひと月で73歳となる。歳もそれくらいに至れば、どんな男も大なり小なりに、ある身体事情をかかえることとなる。そこで、片やでは、トホホとばかりに気落ちし、ひそかに挽回を願って、未練がましい努力に精を出すことになる。また他方では、何をジタバタと見下して、いさぎよくその宿命を引き受けよとのたまう。いずれにせよ、言うことを効かぬ自身に遭遇して、右に左にと揺れ動く、なんとも切ない男心である。

言うまでもなく、その身体事情とは、近年では婉曲的に「ED」――直訳すれば「勃起不全」――と呼ばれる、男の気候変化である。そしてそのシリアスさがゆえ、「死ぬまで現役」との武勇伝さながらの都市伝説も聞こえてくる。だが実相は、おそらく、そうは行かないからこその伝説なのだろう。

ともあれ、そういう難物に、そいつは、上記のタイトルのように「ようやく」を冠して関わってみようとしている。 詳細記事

QL-Day 180(2019年6月22日〈土〉)

昨日は冬至。一昨日は、この冬で最も寒い日となり、シドニーの気温は6~16度。 詳細記事

QL-Day 176(2019年6月18日〈火〉)

JAL771便で6時10分シドニー着。3週間ぶりのシドニーは、寒い雨模様。

 

QL-Day 177(2019年6月19日〈水〉)

店からの要望で、さっそく出勤。

 

QL-Day 178(2019年6月20日〈木〉)

日本滞在中の頻繁な飲み食いで、体はもっとなまっているかと思ったが、帰豪後初のはじりは、8キロで1時間5分10秒と、まずまずの出だし。ことにへばるはずの後半が快調だった。

 

QL-Day 179(2019年6月21日〈金〉)

「日々両生」にも書いたように、今回の日本滞在での最大の印象は、その表皮の腐り具合とは対照的な、その表皮の下で生きる人々の姿勢が、地道ながら大いに前向きなことだった。それだけに、その上層の劣化は見るに耐えないほどで、先進国と後進国の対比にすら思えてしまった。ここまでのギャップをもたらしているのは、果たして、国内要因か、それとも外圧か。

QL-Day 151(2019年5月24日〈金〉)

この年号ならぬ「日号」を示す「QL」は、Quantum Life のこと。つまり、QL時期へと“代替わり”して、今日は146日目ということです。そのQLの核心は、モノとココロ、あるいは、物質と情報の融合のことで、同じ融合でもこの次元の融合のことを《融合》と記述しよう。 詳細記事

今回の代替わりに伴うもろもろの儀式ですが、あれはどう見ても、もってまわった「神様ごっこ」にしか見えませんでした。よく見ても、各地の地元神社に伝えられる「お祭り」行事を越えるものではありません。

私は、各地方に脈々と伝わる「お祭り」をないがしろにするつもりは毛頭ありません。むしろ、深く足下に根差す自然とのつながりを尊重するそうした伝統行事を、環境やエコロジーの重要さの別の角度からのアプローチとして、人間生活に忘れられてはならないものとも考えます。文化とよばれる社会の深みの一部です。 詳細記事

QL-Day 135(2019年5月8日〈水〉)

秋晴れの日、プルーマウンテンで山歩き。予想以上に快調に歩けた。ただ、体が冷えると、膝が傷む。それでも、約200メートルほどの落差の崖のはしご伝いの急登も、息切れすることなく、一気に登れた。 詳細記事

QL-Day 119(2019年4月22日〈月〉)

イースターマンデー。店で働く女性二人を招待し、おでんで歓談。

詳細記事

QL-Day 104(2019年4月7日〈日〉)

日本という国は、本当に借金の好きな国だ。それは、先の世代に膨大な借金を残す国家財政ばかりではない。人々は、自分の将来の健康を前借りして現役時代に投入し切ってしまい、退職後に残っている体力も意欲も、もはや尽き果てているばかりか、その付けというべき、さまざまな「生活習慣病」に悩まされることとなる。「生活習慣病」と言えば、いかにもその本人の落ち度と聞こえる。だが、そうした欠陥行動を習慣化させているのは、それを強いる社会があるからだ。ことに、労働慣行の劣悪さはその極みだ。定年延長と言えば、これも聞こえはよいが、限界をぎりぎりにまで延ばして、なお働かざるを得ない現実にさらされているということだ。まるで、退職後は、ヨレヨレであって当然とでも言うかのように。 詳細記事

QL-Day 93(2019年3月27日〈水〉)

今日などは、朝から腰痛があって、室内を歩くにも痛みを感じるほどだった。

それを、自説の腰痛は腰のうっ血を信じ、6キロのはじりをした。

事前のストレッチを念入りに行い、足腰の筋肉を十分にほぐしてから、意識的にゆっくりかつ腰への衝撃を減らせるように足のバネをきかせてはじる。

予想通り、体が温まってくるにつれ、痛みが不思議に消え去り、それに合わせて、振り子走法をとって、あえて腰のねじりをふやす。

最近、足の筋力が回復してきたのか、こうしたはじり方が可能となっている。

持論、腰痛は腰のうっ血は体験的に正しい。 詳細記事

6年前の2013年9月、私は『天皇の陰謀』の私的訳読作業を終え、また、その解説版である「ダブルフィクションとしての天皇」の最終回に「『日本人であることの不快感』と、その解消」を書きました。そしてその中で、解説はそれに終わらず、さらに続けたいとも追記しました。

その後、ネット出版したその私的訳読版に接した読者の方々から、訳の誤りや分かりにくさなどの指摘を頂き、その都度、訂正を続けてきています。

お陰様でその私的訳読版は、翻訳としていっそう充実し、引き続き多くの読者の関心をいただいています。

そういう意味で私は、この私的訳読版は、個人によるプライベートな出版の域を越え、もはやひとつのパブリックドメイン〔公有財〕になりつつあるとの感を抱いています。

ところがその一方、その天皇制の現況、ことに今年の代替わりに関しては、現天皇自身すらが違和感を表すほどに、その慶祝行事が安倍政権の失政を隠す絶好の機会とされているかの企みがうかがえ、過去の「ダブルフィクション」にさらなる偽りを加える、「トリプルフィクション」とも言うべき状況が作り出されようとしています。 詳細記事

QL-Day 76(2019年3月10日〈日〉)

私はこの年齢(72歳半)になって、自分が止むにやまれずにとってきた《二重構えの生き方》が、人生の戦略としていかに決定的であったかを覚っている。まあ、平たく言えば、この欺瞞だらけの世界にあって、一途に生きよというのが無理なのだ。化け物にもならず、殺されもせずに生き残るには、この《二重構え》は、必須のスタイルなのだ。 詳細記事

QL-Day 63(2019年2月25日〈月〉)

日本式に言えば、空高い秋の日、はじりも調子が上がって、久々に標準記録以下で8キロを終えた。タイムは1時間3分3秒。キロ8分の標準記録でゆくなら、1時間4分。約1分、それを短縮した。 詳細記事

QL-Day 50(2019年2月12〈火〉

今日が「Day 50」との切りの良さは偶然だが、越境体験への自覚的取り組みも50日ほどともなると、やはり、ひとつの区切りになってくる。

というのは、そのような「老化」と「健康」の共存により、それがゆえの新たな視界が開き始めている。 詳細記事

 

4.“お呼びでない”所に顔を出す

 

先週、毎年初の恒例となっている、ニュージーランド(NZ)でのトレッキングに行ってきました【別掲でその映像レポート】。本稿は、なかなかチャレンジングだったその体験を、本連載の趣旨にそって、「多世代協働」との角度からたどってみるものです。
詳細記事

QL-Day 37(2019年1月30〈水〉)

今度のNZトレッキングは、我々じぃさんたちにとって、キツイ試練であったのは言わずもがなとして、さらに実感しえたことは、「健康が健康を呼ぶ」という《良・循環》の気配でした。
詳細記事

3.「自活」という「生産」の二つの意味

表題のように「生産」と書くと、何物かを作り出す行為のように解釈されがちですが、こと高齢者、つまり現役から退いた世代のそれは、マイナスのマイナスはプラスといった意味での「生産」です。

また、「自活」とは、自力で積極的に生きてゆけるという意味で、単に、病気ではないとか、介護の世話が不必要という受け身の意味ではありません。

言うなれば、《“”現役》生活という展望が、現実的にしうるということです。

一般に高齢化とは、病気治療とか介護の必要とかで、生産人口から消費人口への移転を意味します。しかし、もし、そうした人口の健康度が向上し、そうした消費出費が削減されるなら、「マイナスのマイナス」は「プラス」であり、国民経済収支バランス上では「生産」の意味を持ちます。 詳細記事

QL-Day 17(2019年1月10〈木〉)

ちかごろのエクササイズの感覚は、以前とはちょっと違ったものになってきていると前回に書いた。それについて改めて言うと、健康のための手段――医者に行ったり薬を飲んだりに並ぶ――というより、そういう生活習慣、あるいは日常生活の部分となっているといった感覚である。言ってみれば、仕事や食事や睡眠等とならんでそれがあり、はるかに身近なものである。 詳細記事

日本人だけでも3百万の命を贖〔あがな〕って制定されたに等しい日本の平和憲法。なのに、その意味もくまぬ改正議論に加えて、すでに天皇制度にまつわる事実上のなし崩し的改変が、退位特例法の制定、施行によって実施されています。

以下の法規定のように、この特例法は不必要です。にも拘わらず、それが制定された狙いは、国民の目くらましにあります。その制定により、5月に新天皇が即位して新元号が始まり、この新年がまさに旧時代から新時代への変わり目であるかのごとき「妄想形成」が国をあげて実行されています。それほどに、国民の目をそらさなければならない、現時代を覆う薄暗さがあります。 詳細記事

Day 123(2018年12月23日〈日〉)

昨日は、知人の結婚式、それに加え、これからはパーティー・シーズンで、飲み食いの機会が増える。体重増のご用心。

運動に関し、最近ことに感じるのが、出だしのきごちなさだ。まるで、身体の各部位が勝手に動いているようで、意識して極低ペースに抑え、その調整につとめなければならない。1キロほどはじって、なんとか体が温まってくると、ようやく、体の回転が始まる感じ(これは、水泳でも同じ)。まあ、それでも今日など、8キロはじれるのだから、良しとするか。 詳細記事