今号の目次

最初に呼称の問題について触れます。すなわち、「老人」とか、「高齢者」とか、「お年寄り」とかと呼ばれる年齢層の人たちの呼称ですが、ことに自分自身がその一人として、そのどれを使われても、しっくりとこない問題があります。ことに、健康で自立して活躍している“ポスト現役世代”――年金受給者であるがゆえに「ポスト現役」世代と見る――にある人たちにとって、抵抗なく受け入れられる呼称がほしい。

英語圏の国々でも同じような事情があるようで、最近、「oldie(s)」という語が使われ始めています。この語は、本来は「古くさいしゃれ」「古い映画」「懐メロ」といった意味だったのですが、それを、上記の意味にも転用し、ことに、その該当年代の人たちが自分たちのことを、そのようにやや自嘲的ながら親しみを込めた表現として、使い始めているようです。

そこで本稿でも、このoldieをお借りして、「オールディー」とカタカナ書きして日本語化したいと思います。 詳細記事

QL 1Year+352Day(2020年12月11日〈金〉)

運動のねらいが、健康からスポーツ、少なくとも「健康スポーツ」といった分野に移ってくると、それに取り組む意識も変化してくる。言い換えれば、そこに「意欲」というものを伴うこととなる。チャレンジ精神の復活である。 詳細記事

この欄を「老人学」と分類しているが、この「老人学」との名称は好みではない。検索対策として、通用度の高い用語としての使用である。したがって、この先の発展しだいでは、別のふさわしい用語を使いたいと思っている。

ともあれ、そうした分野において、前回で触れたように、健康志向が老化予防に効果的との見方が広がり始めている。

今回は、その「健康志向」をもっと進めて、「スポーツ志向」の領域が射程に入ってきたという話である。 詳細記事

QL 1Year+335Day(2020年11月24日〈火〉)

この小見出しの「QL 1Year+335Day」についてだが、QLはQuantum Lifeの略で、訳せば「量子的生活」ということは先にも述べた。それが、「 1Year+335Day」ということで、あとひと月ほどで2年間ということとなる。つまり、QLとよぶ生活を意識的に実行してきてほぼ2年を経たわけだ。それで最近、何やら、そのQLたるところが、結実してきたかのような気配なのだ。 詳細記事

自慢話めくが、私の健康志向とその心身両面への効果に関し、その老化予防は確かだという医学的実証が揃い始めてきている。たとえば、日本経済新聞の関連サイトに健康問題を扱う「Gooday」がある。その最新特集が『「脳」の力を取り戻す:「脳は加齢で衰える」は誤解 何歳でも「脳力」は成長する』である。これまでの私の話は体験談だが、この特集は、そうした体験談が真実であることを医学上のエビデンスに基づいて述べている。

『日経グッドデイ』電子版、2020年11月13日号より

詳細記事

QL 1Year+322Day(2020年11月11日〈水〉)

今日、はじった際、暑さで距離は8キロにとどめたのだが、例の公園の芝生上でのクールダウンの際、座して目を閉じ、深呼吸をしていた。まだ日がやや高く、太陽直視は避けていたのだが、目を開けると、いきなり、“黄金色”の風景が目に飛び込んできて、思わず「ここは天国か」との感慨すら頭をかすめた。 詳細記事

QL 1Year+305Day(2020年10月25日〈日〉)

雨天を押して10キロはじり。低温のためかペースがあがり、80分を33秒切る1時間19分27秒。 詳細記事

近年の私の生活上のモットーは、せめて《重たくない人間》になろう、つまり「誰もの荷物にならない人間」を志そうというものです。もちろん肥満は自分の病気のもとです。ですが減量に加えて、積極的な健康志向は、家族を含む周囲にとって、心配の種の軽減となります。

そして、この《重たくない人間》に加えて、望むべきは「浮上人間」でありたいこと。つまり、周囲を「浮かび上がらせれる」ということ。 詳細記事

QL 1Year+291Day(2020年10月11日〈日〉)

昨日のはじりは10キロで、タイムは83分45秒と並みだったのだが、終了後が格別だった。気温も24,5度、快晴、風もほどよくあって、事後ストレッチの後、芝の上に座し、夕日をサンゲージングしながら、満悦した気分を味わった。

そこで思ったのだが、この80分余りの運動で、何かが変わり、何かが作られている。それが何かを言うのは難しいのだが、一種の全心身インフラがレベルアップしている、そんな感じである。 詳細記事

今年3月22日号で、それまで続けてきた「修行風景」シリーズを終了しました。その後、コロナ禍で、当地でもレストラン業界への打撃は深刻です。私の場合、オーナーの家族問題が直接の原因だったのですが、くしくも時期は重なり、コロナ危機に巻き込まれたと同然の影響の中にあります。 詳細記事

QL 1Year+273Day(2020年9月23日〈水〉)

泳ぎを今日も1100メートルで打ち止め。 詳細記事

QL 1Year+257Day(2020年9月7日〈月〉)

今日は泳ぎが好調で、1500mの最終ラップに入って、なまじっかスパートをかけたのがいけなかった。最後20mほどのところで、突如左足のふくらはぎが猛烈に痙攣、もう動けなくなった。 詳細記事

QL 1Year+240Day(2020年8月21日〈金〉)

友人たちと、スッピッツ橋からマンリーまで、足慣らしのウオーク。

 

QL 1Year+241Day(2020年8月22日〈土〉)

足の故障後、はじめての10キロはじり。ややこころもとなかったが、無事終了。もう、大丈夫だろう。強い西寄りの風が冷たかったが、はじり後のクールダウン時、空の青さと白い雲に、思わず見とれ、そして思う。はるか上空から逆に見下ろしたのが、新サイトのHPの動画。 詳細記事

QL 1Year+229Day(2020年8月10日〈月〉)

先に、エクササイスは「仕事」と書いた。それはあくまでも比喩だったのだが、どうも最近、まさしく、それを「仕事」と同一視しているところがある。つまり、それを終えた感覚が、まさに「一仕事を終えた」といったものなのだ。あるいは、何もしないで無為に過ごした日などは、どこか空しい感覚が伴うのだが、この「仕事」をした日は、それがなく、いくらかの充実感がもててしまう。まあ、この「仕事」によって、健康度が増し、家族や医療制度への負担が減るなら、それは確かなメリットであって、金銭的な価値にも置き換えれる。ゆえにそれは、事実上の収入にも相当するってわけだ。 詳細記事

QL 1Year+208Day(2020年7月20日〈月〉)

「またZGか」と、腐っていても何も始まらない。要は、外側も内側も、それほどの悪質な環境にあって、その毒気に毎日さらされていることだ。嘆かわしいが、それが現実だ。 詳細記事

QL 1Year+198Day(2020年7月10日〈金〉)

今日の12キロはじりは、快調だった。タイムも1時間38分27秒。ことに帰路は40分5秒でほぼ標準タイム。呼吸に制限のある泳ぎとの相乗効果が出てきたのか、呼吸が楽だ。 詳細記事

QL 1Year+181Day(2020年6月23日〈火〉)

リタイア者、ことに年金生活者にとって、健康維持は、それを仕事と考えるくらいでよいとは、以前にも書いた。つまり、“お荷物”にならないことが、社会的義務――それ以上に家族的義務――の筆頭事項ということ。言い換えれば、そういう――医療費負担をかけない――形の税金の支払い。そして、家族へのお返し。

そこで、運動に出かけようとする際に気乗りがしない時(何だか仕事に出かける際の気分と似ているなと思ったりもするのだが)、「これも仕事と思え」とスイッチを入れる。 詳細記事

QL 1Year+167Day(2020年6月9日〈火〉)

10キロはじり、1時間25分31秒。出だしというか、往路はメタメタ。標準より4分遅れ。帰路は挽回して、1分半の追加。そうなのだが、やはり、完走できること自体が重要。後ろ向きの姿勢にはなりたくないものだ。 詳細記事

QL 1Year+148Day(2020年5月21日〈木〉)

三日前の12キロの疲労が消え、ちょうど雨もあがって、今日は10キロのはじり。このところ、いつものコースは、運動を求める人たちが増え、今日も、何人に追い越されたか。ドンマイ。どれもみな、僕よりはるかに若い。タイムは1時間21分40秒。標準タイムより、わずか100秒、キロ当たり10秒の遅れ。 詳細記事

QL 1Year+138Day(2020年5月10日〈日〉)

膝のトラブルの大事をとって、ここのところ、歩きかサイクリングのみ。きょうは、それもしないで、室内の運動だけ。 詳細記事

QL 1Year+121Day(2020年4月23日〈木〉)

8キロはじりの平凡な記録。コースは家族連れでのメインストリート。小さな子が習いたての自転車に乗って列をなし、まるでアヒルの遠足。時々行き合う電動車椅子の老婦人、今日は明るく返事が返ってきた。 詳細記事

QL 1Year+107Day(2020年4月9日〈木〉)

今日は遅くなったこともあって、短めに切り上げるつもりではじり始めた。気温が20度少々と涼しく、いつもより快調だった。その結果、いつもの半分の4キロで29分38秒と、キロ8分の標準ペースを大きく下回った7分24秒との、びっくりするようなタイム。

さすがに、これだけペースを上げると、呼吸がそうとうに苦しい。久々に、胸の真ん中が痛むような呼吸を味わった。キロ8分を36秒も切るタイムに、「やればできるじゃないか」との気分。 詳細記事

QL 1Year+90Day(2020年3月23日〈月〉)

店主の家族事情と、コロナ禍によるレストラン業自粛要請とが重なって、店が昨日、閉店した。今日はその店終いの手伝いに行ったのだが、そこで興味深い話題が生じた。店で働いてきた日本人ワーホリ女性(23歳)と一緒に片付けをしているシーンが、店主の奥さんにほほえましく映ったらしい。「あなた達って、お爺さんと孫って関係よね」。50歳の年齢差なら、まさしくそういうことなのだ。 詳細記事

これほどに急いだ予定ではなかったのですが、コロナウイルスのお陰で、当地のレストラン業界も多大の打撃をこうむっており、私の働く店も、明日の日曜を最後に、閉店することとなりました。 詳細記事

QL 1Year+74Day(2020年3月7日〈土〉)

KENFUKA連載の最終回を書いていて改めて気付いたこと。それは、私の《はじり》が、一種の瞑想行為でもあったこと。それがエクササイズであるのは自明のことだったのだが、なにやら薄々気付いてきたことに、その事後の爽快感は、身体現象であるのももちろんだが、それが精神現象でもあったことだ。名付けて「はじり瞑想」あるいは「はじり禅」。言ってみれば、「動」と「静」の両極にわたる瞑想。 詳細記事

QL 1Year+64Day(2020年2月26日〈水〉)

別掲載の『15年先の「人生シミュレーション」』の記事にあるように、7年前、亡き友人が見せてくれていた「15年先の自分のありうる姿」に、すでにその半分ほども、接近している。彼がそこで身をもって示してくれていたことは、たとえひとつでも自分の健康上の「弱点」があれば、そのたった一つの「弱点」が命取りになる、ということだった。たとえその他のどこも、すこぶる健康であったとしても。 詳細記事

  1. 思い起こせば、私が寿司シェフ修行を始めたのは、2006年3月でしたので、あれからはや14年が過ぎたこととなります。その途中、2012年1月にその修行を一旦中断し、ほぼ2年程の間を置き、2013年11月より、現在の店での修行を続けてきました。

この修行――と言ってもサブタイトルのように「穴埋め働き」――が、あと二、三カ月で終了となりそうです。 詳細記事

QL 1Year+48Day(2020年2月10日〈月〉)

ようやく天候が回復し、5日ぶりにはじり。面白いことに、普段、月曜の夕方に走っているのは私だけ――他は自転車通勤らしいサイクリストたち――なのに、今日は、幾人ものランナーに出会う。ここ数日の激しい雨天のためのに止めていた反動だろう。タイムは1時間7分14秒。たいぶのろい記録だが、汗はたっぷりかいた。ほとんど2キロほど減量となるのだから、体の毒抜きには大いに有効。 詳細記事

『日経ビジネス』に、《「長生き」という憂鬱~人生100年時代の正しい老後設計》と題した記事が連載されている。そのひとつが「シニア労働力の幻想 現場の本音『正直、足手まとい』」。

記事によれば、成功しているのは3~4割程度であるという。シニアの就業コンサルタントの話である。

そもそも「生涯現役」とのキャッチは、「欲しがりません勝つまでは」式の大本営用語と見るのが無難。それに、掲載誌からして、ビジネス上の観点が貫かれている。 詳細記事

QL 1Year+41Day(2020年2月3日〈月〉)

煙害を警戒してエクササイズを控えてきたためか、体が重い。今日の8キロも、1時間7分45秒と、標準タイムを4分近くもオーバー。 詳細記事

QL 1Year+14Day(2020年1月7日〈火〉)

ほぼ2カ月ぶりに水泳。二度の中休みを入れて800メートル。おかげで合計タイムは悪くない。だが、やはり事後、喉への感染がある。うがい薬で退治。以前は平気で泳げていたのだが、それだけ水が汚れているのか、それとも、こちらの免疫が弱っているのきあ。 詳細記事

QL-Day 364(2019年12月23日〈月〉)

世の中はクリスマス・モードに入り、酩酊シーズンに突入。

酒ほど人間界に溶け込んだ“ドラッグ”もないだろう。それだけに、酒が他のドラッグ並みに脳細胞を壊すとの説は、せいぜい、それが高血圧など血管障害の一因との認識ほどではあっても、直接に脳の神経細胞の機能を傷つける――最終的には認知症に至る――との認識ではない。それが、年食って脳の働きが鈍ってくるにつけ、そうした酒の直接の働きが体験的に分かってくる。そもそも、酔いとは、そうした働きの鈍り――つまり一時的認知症状態――を無防備に楽しむ傾向だ。だがそのあげく、そのドラッグとしての働きが回復不能な酩酊=認知症を残すようになる、ということなのだ。 詳細記事