電動車椅子の老人、見かけなくなった

  越境体験=自覚的取り組み編=その24

QL-Day 350(2019年12月9日〈月〉)

相変わらずの煙害で、戸外での運動は有害との警告。なのだが、体がじっとしていられず、はじり出してはみたのだが、調子がまったく上がらずに、4キロで打ち止め。しかも、復路のほとんどは歩き。やはり、煙害の影響か。

 

QL-Day 352(2019年12月11日〈水〉)

風向きが南東に変わり、海からの冷たく汚染無しの空気が流れ込んできた。そこでチャンスとばかりに、さっそくはじりへ。

月曜は散々だったが、今日は力まず、リラックスを主眼にはじり。おかげで距離が10キロまで延びた。気分もじつにすっきりできた。事前の鬱陶しく認知症的気分とは天地の差。タイムも、標準ペースの2分増しの1時間22分8秒。

そこで思ったのだが、運動による血流の増加は、むろん脳にも及ぶだろうし、その爽快感が示すように、認知症予防に確実に役立っていると思う。

ところで、二、三ヶ月前までは、はじり中に電動車椅子に乗り、愛犬を散歩させている老人とよく出会い、挨拶を交わしていた。その老人の姿がもうさっぱり見かけられない。ただ、一声掛けるだけだったのだが。どことなく、気持ちが通じていたのに。

 

QL-Day 357(2019年12月16日〈月〉)

毎度のことなのだが、はじり始めて10分ほどはいつも、体の調子の悪さと各部の苦痛がゆえ、今日はもう止めしようと思わない日はない。それが1キロを過ぎるあたりから、ようやく体が動いてきて、いつの間にか余計な思案もしなくなり、決して楽なものではないが、ほぼスムーズなはじりになってくる。タイムを縮めようと頑張ればそれだけの苦しさは伴うが、終わってみて、公園の芝の上でクールダウンしている時の爽快感には格別な味わいがある。それで、途中で止めなくて良かったじゃないかと心底思う。週に二、三度のはじりなのだが、それが何年も継続されて貯蓄となって、確かな健康の支えとなっている。意志と時間は少々要するが、それだけでできるものだ。その値は千金である。

 

 

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