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【新版(Second Edition)に基づく】

 

 

歴史再考(その3)

 

 

聖書の提起

その他の、現代までも広く普及している教典は聖書で、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの主要な世界的宗教による聖なる本とされている。多くの敬虔な信者はそれを創造主の神ヤハウェ――あるいは幾つかの別名――から直じきに書かれた真実とみなしている。 その外の人たちは聖書を大切に扱うものの、それは人間によって書かれたものであり、それゆえ、複雑でしばしば矛盾する内容がある文献であるとしている。現代の学者は、ヘブライ語の聖書すなわちタナフは、多くのより古い伝承に基づいて、紀元前千年から4百年の間の4人または5人の書き手によって編纂されたものとしている。新訳聖書は、西暦60年〜110年に、様々な書き手によって作成された。新約聖書の内容は、367年にアレクサンドリアのアタナシウスによって公式化され、最終的には、382年に正式に認可された。聖書の順序や構成には、様々な宗教と宗派の間で多くの異論があり、その中のいくつかは本義的に教義上にかかわるものとなっている。 詳細記事

 

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【新版(Second Edition)に基づく】

 

 

歴史再考(その2)

マヤ人の到来

全歴史を通じた最大の謎のひとつが、ある時、啓発された人たちが現れ、そして、千年のうちにその誰もが消滅したことである。西暦3世紀頃、マヤの人々は、グアテマラの蒸し暑いジャングルのトウモロコシ畑の中に、石とモルタルで、高くきらめくピラミッドを築いていた。そのマヤの全盛時代は突然衰弱し、10世紀頃には消滅を始めた。そしてついには、その美しい祭儀の都は、その南部の低地で荒廃し静まりかええった。だが、一世紀も経ないうちに、マヤは、今度はメキシコのユカタン半島の北部に、トルテックと伴に戻ってきた。そこで、全盛期後のルネサンスが1450年まで続いたが、マヤは再度、衰退し、それは永遠に続いている。1527年にスペイン人が到着するまで、マヤのルネサンスの最も美しい建物はすでに放棄されており、荒廃した遺跡となっていた。古代マヤ人は、その全体では、40万平方キロメートル以上に及ぶ領土に居住し、ユカタン、カンペチェ、キンタナ・ロ、タバスコ、チアパスのメキシコの州や、今日のグアテマラ、ベリーズ、そしてエルサルバドルとホンジュラスの一部の国々にわたっていた。 詳細記事

 

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歴史再考(その1)

「歴史は、嘘のミシシッピーである。」 ――ボルテール

今日のエソテリックな対抗言説は、部分的だが、私たちの既知の歴史を全面的に再考することに貢献している。私たちはすでに、西洋社会の学校で教えられている歴史は、無知に充たされているばかりか、地球の実際の出来事の大きく検閲されたバージョンでしかないとの疑念を抱いている。その近視眼的で編集されたバージョンでは、人間はサルからヒトへと長い進化を経た後、文明はメソポタミアで約7千年前に「開始」され、しだいに分岐していったが、それでも、他の文明はすべて西洋の「後続版」としている。しかし、圧倒的な考古学的、歴史的証拠に基づいて、1万4千年以上前――おそらくもっと以前――に、地球上に高度な文明があったことが明らかになっている。古代の起源について学ぶことから、キリスト教のさまざまな宗派に至るまで、明らかにされていないことが多々ある。おそらく、まずバチカンの図書館を世界中の学者に開放することが、その解明に必要な第一歩だろう。 詳細記事

 

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古代の知恵

「私は貧しく裸ですが、私はこの国の元首です。私たちは富を望んでいませんが、私たちは子供たちを正しく育てたいと思っています。富は私たちを良くしません。私たちは子供たちを連れて別の世界にゆくことができませんでした。私たちは富を望んでいません。私たちは平和と愛を求めています。」 ――元首レッド・クラウド(スー族)

ホモ・サピエンス〔現生人〕は、すべての動物と同様に、環境の限界に適応する絶え間ない過程を条件に生きてきた。伝統的な進化モデルでは、人間はおよそ5万年前にその行動上の現代化を果たした。人間が環境を操作し動物王国の首領になることができる生き物に上昇したとき、新しい特性が出現した。民族学者はしばしば、自分の種の一員を組織的に殺す行為が、事実として他の動物種の中では見られないことを観察してきた。自分の種を殺す人類の特殊な性向は、限られた範囲でネズミやチンパンジーとも共有されているが、ほぼどんな環境にも適応する能力がそれを作ってきたと考えられる。人類間の戦争は、自然環境の中での領土本能として始った。組織化された戦争という特徴は、人間だけがもつ特徴である。 詳細記事

 

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DNAミステリー

「生命の遺伝の種は、宇宙中を満たしており、そのうちのいくつかの「種」は、他の惑星にと同じく、地球にも降ってきている。そして、その遺伝の種は、人間の男女も含む、あらゆる生命の変態の指令を持っている。DNAは、環境を意図的に変えるように働き、特定の遺伝上の目的――眠っているDNAの処分や発動、そして遠い昔に他の惑星に住んでいた生命形態の複製化――を果たすよう遺伝子選択をすすめる。」――ラウン・ジョセフ、論文『進化的変態』の著者

何が人間を、それほど特別につくったのだろうか。おそらくそれは、私たちが、他の種が私たちをどう知覚しているかを考える、唯一の種であるからだ。私たちは、こうした合理的精神、活発な自由意志、それに加えて自己陶酔への偏好を持っている。私たちは、建築学、医学、文学、芸術、音楽、そして科学を創設し、また、他者を罰する力もそなえている。私たちはまた、ボタンを押すだけで他者を破壊できる、唯一の種でもある。いかにして私たちは、他の動物を優越し、それほど創造的に異なっているのか。

そうではあるのだが、私たちのDNAdeoxyribonucleic acid(デオキシリボ核酸)〕のほぼ99パーセントは、チンパンジーのDNAと同じである。進化論生物学者によれば、私たちはサルの子孫である。私たちの手は、人間に精密性と力を与えた際立った遺伝的特徴をもっている。つまり、私たちの親指は他の四本の指のすべてに触れることができる。なぜ私たちは、そうした多目的な手をもっているのか。人間を人間としているものは、いったい何なのか。ゲノム〔ある生物のもつ全ての核酸上の遺伝情報〕は膨大な研究分野で、「生命学」の根本的探究を始めるには最適の領域である。 詳細記事

 

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神々の血液

「精神的奴隷から自らを解放せよ。自ら以外の誰も、自らの心を解放することはできない。」 ――ボブ・マーリー〔1945-1981 ジャマイカのレゲーミュージシャン〕

遺伝学研究の成果によると、私たちは先祖が私たちに伝えた形質しか受け継ぐことができない。それ以上も、それ以下もできない。主流科学が指摘するように、もし人類がだれもアフリカの祖先から進化したとすれば、すべての動物の血液が同じ種類であるように、すべての人間の血液も相互に適応しているはずである。ならば、Rhマイナスの血液はどこから来たのだろうか。Rhマイナスの母体が身ごもったRhプラスの自分の子供を拒絶するということが、どうして生じるのだろうか。 詳細記事

 

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創成の神話(その2)

 

生命の樹

世界中の宗教の神秘的伝統においては、儀式のなかで聖句が読み上げられ、自然界における人間の意識と現実の体験との間の比喩的(象徴的)意味が結び付けられる。創成の神話のすべての長くて豊かなつづれ織りの中に見られる「生命の樹(Tree of Life)」ほど、永遠でも遍在でもある存在はない。同様に、その樹は、世界のいたる所に見られる普遍的な描写であり、あるいは示唆的象徴でもある。「生命の樹」ないし「世界樹(World Tree)」は、身体や魂の不滅よりむしろ、永遠の生命力や満足への切望状態を表している。だが、生命力の永遠性にとって、肉体的な死はあくまでも神的現実の直接体験と解釈され、可能なことだけでなく、現在のことでもある。ちなみに、人間の身体には22の標準的アミノ酸が発見されており、これは「生命の樹」の22の一般的な経路に類似している。 詳細記事

 

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創成の神話(その1)

「在りのままであることの探求は、あらゆるこころみの中で最も危険なことだ。というのは、それは、あなたが生きている世界を壊すことになるからだ。」 ――ナイザルガッタッタ・マハラジ(インドの精神的指導者)

 

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本書へのイントロ(その2)

 

 

「オッカムの剃刀」

「オッカムの剃刀」〔訳注〕という思考法は、ウィリアム・オブ・オッカム(14世紀の英国の論理学者、神学者、フランシスコ会修道士)によれば、それは彼のはるか以前よりとなえられていたという。だが、オッカムの言葉とされるそれは、現存の文書には残されていないが、「命題は、必要以上の多要素をもってはならない」というものである。この哲学および科学上の原則は、基本的には、二者から選ぶ際、最も単純なものか、それのもつ仮定の最も少ないものが、最も正確な選択である可能性が高い、とのものである。この「オッカムの剃刀」によれば、他の要素が同等なら、ただ、説明が簡単であればあるほど、それはいっそう真実性が高い。 詳細記事

 

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本書へのイントロ(その1)

 

「準備ができると、人々は変わり始める。それ以前には、そうはならないし、時には、そうする前に死んでしまう場合もある。だが、人々が、望んでいない時と同じように、変化を望み始めた時には、誰もそれを止めることはできない」 ――アンディ・ウォーホル(アメリカ人芸術家、1928-87)
 

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