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【新版(Second Edition)に基づく】

 

 

DNAミステリー

「生命の遺伝の種は、宇宙中を満たしており、そのうちのいくつかの「種」は、他の惑星にと同じく、地球にも降ってきている。そして、その遺伝の種は、人間の男女も含む、あらゆる生命の変態の指令を持っている。DNAは、環境を意図的に変えるように働き、特定の遺伝上の目的――眠っているDNAの処分や発動、そして遠い昔に他の惑星に住んでいた生命形態の複製化――を果たすよう遺伝子選択をすすめる。」――ラウン・ジョセフ、論文『進化的変態』の著者

何が人間を、それほど特別につくったのだろうか。おそらくそれは、私たちが、他の種が私たちをどう知覚しているかを考える、唯一の種であるからだ。私たちは、こうした合理的精神、活発な自由意志、それに加えて自己陶酔への偏好を持っている。私たちは、建築学、医学、文学、芸術、音楽、そして科学を創設し、また、他者を罰する力もそなえている。私たちはまた、ボタンを押すだけで他者を破壊できる、唯一の種でもある。いかにして私たちは、他の動物を優越し、それほど創造的に異なっているのか。

そうではあるのだが、私たちのDNAdeoxyribonucleic acid(デオキシリボ核酸)〕のほぼ99パーセントは、チンパンジーのDNAと同じである。進化論生物学者によれば、私たちはサルの子孫である。私たちの手は、人間に精密性と力を与えた際立った遺伝的特徴をもっている。つまり、私たちの親指は他の四本の指のすべてに触れることができる。なぜ私たちは、そうした多目的な手をもっているのか。人間を人間としているものは、いったい何なのか。ゲノム〔ある生物のもつ全ての核酸上の遺伝情報〕は膨大な研究分野で、「生命学」の根本的探究を始めるには最適の領域である。 詳細記事

 

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神々の血液

「精神的奴隷から自らを解放せよ。自ら以外の誰も、自らの心を解放することはできない。」 ――ボブ・マーリー〔1945-1981 ジャマイカのレゲーミュージシャン〕

遺伝学研究の成果によると、私たちは先祖が私たちに伝えた形質しか受け継ぐことができない。それ以上も、それ以下もできない。主流科学が指摘するように、もし人類がだれもアフリカの祖先から進化したとすれば、すべての動物の血液が同じ種類であるように、すべての人間の血液も相互に適応しているはずである。ならば、Rhマイナスの血液はどこから来たのだろうか。Rhマイナスの母体が身ごもったRhプラスの自分の子供を拒絶するということが、どうして生じるのだろうか。 詳細記事

 

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創成の神話(その2)

 

生命の樹

世界中の宗教の神秘的伝統においては、儀式のなかで聖句が読み上げられ、自然界における人間の意識と現実の体験との間の比喩的(象徴的)意味が結び付けられる。創成の神話のすべての長くて豊かなつづれ織りの中に見られる「生命の樹(Tree of Life)」ほど、永遠でも遍在でもある存在はない。同様に、その樹は、世界のいたる所に見られる普遍的な描写であり、あるいは示唆的象徴でもある。「生命の樹」ないし「世界樹(World Tree)」は、身体や魂の不滅よりむしろ、永遠の生命力や満足への切望状態を表している。だが、生命力の永遠性にとって、肉体的な死はあくまでも神的現実の直接体験と解釈され、可能なことだけでなく、現在のことでもある。ちなみに、人間の身体には22の標準的アミノ酸が発見されており、これは「生命の樹」の22の一般的な経路に類似している。 詳細記事

 

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創成の神話(その1)

「在りのままであることの探求は、あらゆるこころみの中で最も危険なことだ。というのは、それは、あなたが生きている世界を壊すことになるからだ。」 ――ナイザルガッタッタ・マハラジ(インドの精神的指導者)

 

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本書へのイントロ(その2)

 

 

「オッカムの剃刀」

「オッカムの剃刀」〔訳注〕という思考法は、ウィリアム・オブ・オッカム(14世紀の英国の論理学者、神学者、フランシスコ会修道士)によれば、それは彼のはるか以前よりとなえられていたという。だが、オッカムの言葉とされるそれは、現存の文書には残されていないが、「命題は、必要以上の多要素をもってはならない」というものである。この哲学および科学上の原則は、基本的には、二者から選ぶ際、最も単純なものか、それのもつ仮定の最も少ないものが、最も正確な選択である可能性が高い、とのものである。この「オッカムの剃刀」によれば、他の要素が同等なら、ただ、説明が簡単であればあるほど、それはいっそう真実性が高い。 詳細記事

 

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本書へのイントロ(その1)

 

「準備ができると、人々は変わり始める。それ以前には、そうはならないし、時には、そうする前に死んでしまう場合もある。だが、人々が、望んでいない時と同じように、変化を望み始めた時には、誰もそれを止めることはできない」 ――アンディ・ウォーホル(アメリカ人芸術家、1928-87)
 

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過剰人口

1964年8月30日の国連報告はこう告げていた。「世界の人口は急増している。そして世界の人口は増えているだけでなく、その増加率も加速し、年間の増加率は2.1パーセントに達している」。1962年半ばで、世界の人口は31億人であった。それ以来、毎年、フランスの人口を上回る6300万人が増加している。また、人口の爆発は発展途上国で顕著である。ヨーロッパの増加率は0.9パーセント、北アメリカのそれは1.6パーセントに対し、発展途上国のそれは、3から5パーセントにものぼる。そして、世界の人口の少なくとも20パーセントは、一つの国――共産国中国――に住んでいる。

50年以上前にたてられたこうした予測は、おおむね今日も続いており、人間がもたらすインパクトは遥かに大きなものとなっている。今日に生きる人々は、かつて見たことのない規模の増加を体験している。世界の人口は、1959年に30億人に達し、2050年には90億人をこえると予想される。人口爆発の過去をたどれば、1957年、33年間かかって世界の人口が二倍になり、それが次の28年間でさらに二倍となり、そしてさらに次の24年間でまた倍増した。2011年10月、世界の人口は公式に70億人に達し、この人口は、それを維持するには、少なくとも5つの惑星を必要とするほどのもので、適正な収容能力の14倍にもなっている。車に張られたあるステッカーはこう告げている。「もっとも環境に良い行動とは、子供を産まないことだ」。 詳細記事

 

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ラジカルに見直した自然史、地球史、そして人間史。ライフオロジーは地球上の生命にまつわる既成の物語を見直す対抗言説。 詳細記事

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にせ薬効果

意識は、私たちが誰であるかについての青写真に端をもつ知的力であり、究極的にはそれを特定の様式に顕現する。そうした人間の原像は、子宮の中の成熟した卵子のDNAらせんの内に微視的に収蔵されている。私たち各自は、自身の指紋のように、それぞれ独自の霊性DNAをもっている。それはアカシック・レコード〔あるいはアカシャ年代記〕とも呼ばれ、各自の過去の生命の総体を呼び起こすものとして知られている。私たちの霊性DNAは、現生への青写真なのである。それは、過去の霊魂たちのメモリー・バンクであり、現生への生れ代わりの目的を提供している。私たちの肉体や精神的特徴がその物的DNAに記録されているばかりでなく、私たちの霊性的方向や霊魂の目的がその霊性的DNAに記録されている。そのように、私たちの各々は、特定の霊性的目的を持っているが、その目的は時として不明瞭であるため、心は私たちに手品をして見せる。その良い例は、患者が病気に対し、ただの砂糖錠剤を服用するといっただまし療法を受けた場合でも、その病状の有意な改善が見られ、これは「にせ薬効果」として知られている。 詳細記事

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「宗教とは、誰か他人の体験を信じること。霊性とは、自分自身のそれを信じることである。」

ディーパック・チョプラ〔ホーリスティック医学博士〕

 

チョプラの賢明な観測は、私たちが常識とする現実を変化させるには、いくつもの道があることを教えている。自らの経験に立つことは、もっとも説得力ある方法だ。宗教の中核である誰もが打たれる神聖な真理は、自分自身のうちに見出した発見によって立つことに契機を与える。いわば、一つの真理、多様な反応である。

ここで別のシナリオを想定してみよう。近い将来、注目される記者会見において、科学者たちは、死後の世界が、実証を重ねてきた結果、実在するという発見を――事実としてではないとしても、少なくとも十分に検証された科学的仮説として――世界に向けて発表することになるだろう。こうしたテーマは、神秘家によって何世紀にもわたって告げられてきたことだが、いまや、科学が新しい主張としてその裏付けを引き受けようとしている。そしてその記者会見では、研究者たちは、死後の世界は完全に解明されているわけではいないが、誰もが自分の死についての「体験談」といったような経験をするだろうことは、おおむね確信できることであるとするだろう。そうした個々人は、その生涯のあらゆる出来事や行為ばかりでなく、その行動が他の人たちにおよぼした影響を、肯定的であろうと否定的であろうと、経験してきたはずである。ただ通常の防衛機制が、自分自身を隠してしまい、時には他人への同情的態度も持てなくさせてしまって、その生涯の真実が見直されるまで、自らの否定的行動に気付かないままになってしまっている。だが、存命中の人たちが、その死以前に自分の生涯のありのままの真実をさとった時には、生存中の行動や考えが真実に結果をもたらしていることを認識し、そして十分にそのすべてを覚るに至るのである。 詳細記事