「儀礼」か「実務」か

  ≪メタ健康≫ダイアリー=皮切り編=(その1)

Day 170+613(5月9日)

さて、『≪メタ健康≫ダイアリー=皮切り編=』の開始とは云うものの、こいつはちょっと、一筋縄では取り組めないテーマを掲げたものです。日常の貴重かつ即身すぎる健康問題を土台に、それだからこそ到達しうる、もうひとつの健康の境地にいどもうというわけです。

前立腺ガン宣告から今日で783日、その後の順調がゆえの「喉元過ぎて熱さ忘れる」ではなく、当時の切迫感を再現しつつ、いずれ到達するであろうその旅立ちを飾る、非フィジカルな健康問題を切り開きたいとするものです。

≪メタ健康≫という考え方には、二つの面があると思います。

ひとつは、今日のいわゆる「メンタル・ヘルス」という面です。これは、健康一般に伴う肉体面と精神面の二面のうち、その後者にかかわるものではあります。しかし「メタ健康」とは、「メンタル・ヘルス」という非肉体的なものではあるものの、それの別称ではありません。むしろ、そういう土台の上に花咲く、理念や構想としての世界です。

 

Day 170+616(5月12日)

今日より25日まで、日本に滞在。

 

Day 170+624(5月20日)

この「旅先での仮宿」の間、いわゆるエクササイズはまったくといってよいほど組み込めず、そういう意味では不健康な日々を送っています。

ただ、日程の合間をぬって、旧知の人たち、ことに、すでに故人となったり、人生のまさに終盤を生きている人たちに“接触”することには、精力的に時間をとっています。

それは、私にとってはまさに、「メタ健康」がゆえのエクササイズです。そしてそれは、いわゆる「現実生活上の必要」という間尺では、「儀礼」に分類される行為(たとえば、墓参りとか、線香上げとか、お見舞いとか)でしょう。

ただし、私はそれを「儀礼」とは位置付けず、もっと「現実的で実務的」な行為としています。

 

 

 

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