全身麻酔とは

2023年11月9日〈木〉

生検(Trans-perinial Biopsy)を受ける。Hurstville Private Hospital で、朝7時受付を済まし、昼頃、終了、帰宅。シアターに入り、手の甲に針を付けられ、口には酸素呼吸器が付けられて全身麻酔が始められたらしいまでは記憶があるが、その次の自分は、病室でベッド上にいた。その間、何も覚えておらず、ただ一瞬の意識の途絶えがあった位の感覚なのに、時計を見ると1時間ほど経ってるようだった。患部に軽い痛みがあることで、処置されたことに気付く位のあっけなさだった。

 

2023年11月10日〈金〉

医師からの注意である麻酔後24時間(この間には運動は禁止)の経過を待って、午後4時から、いつものような、8キロのはじりをしたのだが、これがおかしかった。

まず、昨夜から、シャックリが止まらず、今日もそれが続いていた。呼吸を我慢するなどして一時は止まるのだが、いつの間にやら、また始まっていた。

いつものようにウオーミングアップを念入りにしてはじり出したが、呼吸がおかしい。胸の真ん中が痛む。以前、寒い日にスピードを上げたりすると、喉や胸が痛んだが、それにも似ているが、今日のは、ともかく、胸の丁度中心が痛む。

そのうちに収まるだろうと、数日前の片道32分台位のピッチを目指した。だが、折り返しでは、33分50秒。それでも、いつもなら帰路では通常、1分ほどはタイムを縮められる。それを期待して気持ちは頑張ったのだが、結果は、1時間6分53秒と、ギリギリの「6分の壁」の内。胸の痛みは最後まで続いていた。

どうもこれは昨日の全身麻酔の影響に違いがないと、検索して調べる。

するとどうだろう、これまでは全身麻酔とは局部麻酔の拡大したもの位にしか考えていなかったが、医学的には、全然、別物であることが判った。シャックリも、手術後に起こることがあるともあった。

要するに、全身麻酔とは、脳の活動上の機能停止をおこなうことなのだ。だから、全身の筋肉弛緩がおこなわたがって呼吸も止まる。ゆえに、その間、人工呼吸がされたいたのだ。そしてその際、呼吸器にはそれだけのストレスがかかるわけで、その関係の後遺症も発するとある。

どうも胸の痛みは、人工呼吸の際に入れられたパイプによる気道への何らかの反作用(それだけの異物が入れられたのだから)なのだろう。痰が出るのもそのためだろう。

以前に生検を受けた際、麻酔医師が付き添い、けっこう高価なその費用が請求されていたことが奇異だったのだが、それもそのはず、この麻酔医師の役割は重い。その苦痛コントロールの処置抜きに、主治医による手術は不可能だろう。歯医者が行うしびれ注射どころの話ではない。

考えてみれば、すごいことがされていた。事前の説明書には、アレルギーなどで事故がおこれば、そのまま死に至る場合もあるとされている。それはいわゆる死ではないが、意識も遮断され、身体的にはそれに等しい状態にして、目的の手術が果たされていたことである。どうりで、事前にやたら念入りに、既往症や服用薬やアレルギーについて質問されていたことの理由が判った。(逆に、その答えが誤っていて事故が起こった場合、医師側の責任ではないことの証明とされるだろう。)

ちなみに、処置後、麻酔覚めの時間を病室で過ごしていた(痛みの度合いを二度にわたって聞かれ、痛みコントロール終了のタイミングが計られていた)際、ちょっと離れたベッドの患者と麻酔医が話をしているのが聞こえた。どうもその患者は糖尿病をもっているらしく、何かその関係の制限から、麻酔を行うことのリスクを説明しているようだった。そういう意味では、私は前立腺肥大を除き、他の一切の既往症や常用薬はなく、医者側とすれば、おおいに扱いやすい患者にちがいない。肥満はリスクの大きな原因という。

これは自負だが、この77という年齢で、まだ、これほどに医者から扱いやすい状態を維持しているということは、私がまだ、医学上の相当な難しさをかいくぐって行ける余地を残していることとも言える。

ともあれ、胸の痛みは実際にあるのだから、運動には用心してかかったほうがよいだろう。

今も、いつもよりはなにか疲労感が強く、今日のはじりが体にとってかなりなストレスであったようであるのは間違いない。

ところで、少々、裏話を付け加えておくと、今回の処置において、二つほど、指示を守らず、リスクを犯した。ひとつは、24時間内には、アルコールを飲むなということだったが、晩酌にビールを飲んだ。もうひとつは、退院の際、責任をもった付き添い者を必要としていたのだが、あいにく、迎いがくるまで3時間ほど待たねばならなかった。ところがそれが待ちきれず、病院を抜け出して、一人でバスで帰宅した。さいわい、いずれも何事もおこらなかった。

 

2023年11月12日〈日〉

やや蒸し暑い中、8キロのはじり。一昨日よりは大分ましなのだが、やはり、胸が苦しい。何かが詰まっているように痛む。タイムは良くなったが、1時間6分17秒と、本調子ではない。

 

2023年11月13日〈月〉

プールへ。だが自転車にまたがると、会陰部が腫れている感じがある。泳ぎも、1000メートルで28分22秒と遅い。

 

2023年11月14日〈火〉

午前中、排尿の具合が正常でない。たいして尿がたまっているわけでもないのに、強い尿意がして、トイレに急ぐこと数回。生検の影響だ。

今日もかなり蒸し暑い。そんな中、8キロのはじりに。呼吸が万全でないので、抑え気味に始めたのだが、そんなに悪くもなく、下腹を引っ込ませることを意識していると、前傾気味にもなって、リズムがでる。こうして往路は33分半ほど。しかし、帰路に入ると、多量の汗のためか、しだいにペースが落ちる。しまいには、脱水と熱中症一歩手前にまでなって、7キロで打ち切り。タイムは57分57秒。

 

2023年11月16日〈木〉

ようやく、1時間5分58秒が出て、6分の壁は破れた。ということは、生検からの影響も、ほぼ抜けたとみていいか。あとは、来週月曜の、生検結果の診断次第。

 

2023年11月17日〈金〉

ようやく本調子がと思ったら、どこからもらってきたのかちょっと不可解な風邪の症状。昨夜からかなり急に喉が痛みだしたので、急いで喉薬を塗った。けっこう沁みて、効果はあったが、すでに体内に侵入されたかの恐れ。

そこで今日は、荒治療に出る。まだ、喉が痛み、体が風邪っぽいのを押して、いつもの8キロのルーチンに挑戦。大汗をかいて、風邪を吹き飛ばそうとの魂胆。

予想ほど体はだるくなく、往路は33分20秒。ただ、やはり帰路では調子が落ちて、合計タイムは1時間6分32秒と「壁」の内にもどった。

 

2023年11月18日〈土〉

荒治療の効果はあって、喉の痛みはほどんどなくなった。だが、体内に侵入した毒素が悪さして、喉の周りに風邪っぽさと、やや頭痛がする。これ以上の悪化は食い止めたが、この悪感は結構長く続くのがいつもだ。軽く咳が出て、痰がからむ。一日、養生に費やす。

 

2023年11月19日〈日〉

やや節々にだるさがあるものの、軽快がみられるので、荒治療第二弾。

出だしは悪くなかったが、持続ができない。往路34分10秒で折り返したが、強い便意がして、公園のトイレに駆け込む。とういうわけで、帰路は歩き。

 

2023年11月21日〈火〉

昨日、専門医と面会し、先の生検の結果を聞く。詳細は別掲記事のとおりだが、またしても、9年前と同じ、西洋医学の医療体系との対決――大げさに聞こえるかも知れないが――の事態となった。

こちらとしても、あえて自分の命を危険にさらしてまで、そんな対決を望んでいるわけではない。ただ、自分が自分にできる最善の方法を見つけたいだけだ。

それがこの専門医にかかると、彼独特の問題かも知れないのだが、フレキシブルな対応を欠く押しつけがましい姿勢と面と向かうこととなる。

セカンドオピニオンを求めることも出来なくはないが、このオーストラリアでのシステムでのその手続きを進める煩雑さや、そもそも、同じ医学体系で別の医師を選んだとしても、その回答に大した違いは期待できない。

また、いわゆる代替医療はどうかという意味では、現制度の範囲で可能なものは、せいぜい補完的なものに限られる。したがって、真の可能性を切り開こうとするには、制度に頼らない、自力の開拓によってゆくしかないだろうと受け止めている。

当時、繰り返し書いていることだが、要は、「ZGくん、君が僕に伝えたいことは何?」ということ。

当時は、ZGの一因を西洋化された食事とし、ことに和式の菜食へと切り替えることにポイントを置いた。その後、PSA値も閾値当たりで安定した。

このごろは食事療法の徹底がやや緩んでいる面はあるが、原則は維持してきている。

専門医の診断に従い、全摘手術なり放射線治療なりを選ぶのは、ある意味では簡単。

しかし、その専門医が根拠とする医学体系に疑念が抱かれ、全面的依拠を預けられないとするなら、さてどうすべきか。

これはもう、ほどほどな妥協や、あなた任せで済ませる、“既存メニュー”上の選択問題ではない。

またしても、9年前の煩悶の再来。

 

今日の8キロはじりは、一種の瞑想走りに徹する。何も考えることなく、ただリズムに意識を集中し、ペースは落として走る。往路34分10秒で、計1時間7分2秒。6分の壁以前のタイム。

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