運動という“恋人”

5月7日〈火

引っ越し後、平均して、はじりのタイムが向上しているかのようだ。急にどういうことなのか。

転居による、気分刷新のハリキリ効果もなくはないだろうが、どうも都合がよすぎる。それより、ひとつ、思い当たるところがある。それは、新しいコースでの距離設定が正しくないのかもしれないことだ。

そこでその可能性を検証するため、新たに設定したコース――以前のコースとほとんどは重複するが、起点、終点が違う――の距離について、再度、自転車のメーターで計ってみた。

その結果だが、肝心のそのメーターの誤差も少なくないことが分かった。ことに最寄りの量販店で買った安物は、1キロを二、三十メートルも短く計ることがあり、10キロにすれば、二、三百メートルとなる。タイムにすれば二分にも。早いはずだ。体のいいチョンボ計である。

かくして、新コースは旧コースより、実距離が短い恐れがあり、そのための好タイムのようだ。ともあれ、実測値はもっと短い距離だろうが、僕にとっての重要さは、それをはじるに要する時間の変化なので、短めは承知のうえ、しばらく続けてみることにする。

 

5月8日〈水

自分にとっての運動を、何かにたとえられそうなのだが、ピタッとしたものが思い浮かばない。「栄養」とか「水」と言ってもいいのだが、もっと精神的なもの。自分にとっての「恋人」などでもいいか。

今日でも、予定では、泳ぎの日だったのだが、あいにくの雨模様で、自転車で片道3.5キロほど、しかも長い坂道を登らなくてはならない。そんなこんなで、グズグズしていたのだが、どうも落ち着かない。

そこで、意を決して、山用のレインジャケットを着て、濡れてもいい覚悟で出かけた。

すると、幸運にも、雲に切れ目が出て、行きも、帰りも、雨には合わなかった。

水泳中、ちょっと雨足のつよい降りがあったが、プールの中では関係ない。

久々に1000メートルを完泳したが、タイムは29分16秒と、1100メートルでもいいようなタイム。前半、あえてゆっくりのペースだったから、ありうるタイム。

お陰で事後は、精神的にもすっきりとし、意欲も前向きな時間が戻ってきた。

これなんだよ。

=   =   =   =      

以上が示唆しているごとく、〈運動すること〉を〈薬を飲むこと〉と言い換えてみたら面白い。

つまり、前にも書いたが、「運動はドラッグだ」との表現が意味するその真相だ。

直接に書くとこうなる。「運動が薬だ。」

私たちはもう薬を飲むことを、体の異常を直す、それこそ“特効薬”という言葉もあるくらいに、それに頼ることをもう無意識に習慣化してしまっている。

この《運動こそが特効薬》とでも言ってよい働きとは、《運動こそが効く》ということなのであって、薬そのものが効くということとは違うのだ。それに、たとえ薬に効果があったとしても、その運動がもたらす体内効果に似た効果をその薬品としての化学反応がもたらしているということだ。だから、必ずといってよいほど、副作用を伴う。

つまりは、《運動をすれば、体は体内で自然の〈特効薬〉を生産する》ということなのだ。ただ、人はそういう体の能力を、まだ知らないのか、あるいは、太古の記憶を忘れてしまっている、ということなのだ。

ゆえに、この〈特効薬〉は、副作用もないし、処方箋もいらぬし、むろん費用もかからない。欠点といえば、意欲と時間を必要とすることくらいだ。

加えて、そればかりかこの〈特効薬〉は、そのプラスの“副作用”として、健康度を増進する。肥満を解消するし、筋肉を付けて体を若返らせる。年寄りなら、フレイルを回避できる。

こんな、特効薬以上の〈特効薬〉を使わない手はないではないか。

 

5月9日〈木

右足先の指の付け根での弱い痛み、走る時も、出る時と出ない時もあるのだが、なかなか消えないトラブル。例の「疲労骨折」とやらかもしれないが、X線撮影しても、何も写らないだろう。同じように使っている左足には出ない。もっと、自分の体の持っている、いろんな意味での弱点や歪みの現れなのだろう。他には、しつこい水虫やそれによる皮膚の硬化が、もう、子供の頃より、右足には出るのに、左足はなんともない。それと、ケガをするのも、体の右側が多い気がする。

スネの筋肉を中心に、念入りにもみほぐしてはいる。ことに、筋肉とともに、膝のツボである三里を指圧すると、この足先の患部に響きがある。ポワーと温まる感じもする。同時に、かかとの端から土踏まずにも、響きがつたわり、そこをよくもんでみる。すると、その痛みの患部に、これもポワーとした温もりがでてくる。

こうした、僕の体との対話である。おそらく、運動していなかったら、こんな対話もされていないだろう。

 

5月15日〈火

日本なら秋の長雨というのだろう、一週間以上続いた雨天が途切れて、昨日、今日と久々の青空が清々しい。

青空のもと、前述のように引っ越し以来気になっていた、運動コースの距離測定のやり直しをやった。自転車の距離メーターを再度点検し、安物は捨て、少々高い製品を買って、しかも、同じ距離を数回測定して、正常に働くのを確かめて、再測量した。

サイクリングもかねて、片道13キロまでを1キロごとに計った。帰路では、再測定しながら戻ってきたが、全長13キロで誤差が約30メートルほどだったから、1キロでは2メートル程。これくらいなら、タイム上でも、僕のはじりなら1秒程度の差。問題ではない。

それで判明したことは、引っ越し直後の好タイムは、全般に、距離が足らなかったため。

そこで、今日の測量結果をそれぞれの距離標として、これからの測定に使うこととする。

 

5月16日〈水

測定なった距離標にもとづき、8キロはじり。1時間5分37秒と順当なタイム。

暑さも和らいだためか、年配者のカップルなどもけっこう散歩していて、じじいがはじってるのを怪訝な顔で見てくる。

このごろ、ゆっくりでも走ってる僕以上の年寄りを、もう見たことがない。

 

5月19日〈日

10キロはじり。1時間20分40秒。なかな、キロ8分の壁が破れない。

 

5月21日〈火

これは、新しい靴のせいだろうか、はじりのタイムが悪くない。ほとんど、「走り」――キロ8分以下と定義――まであと一息のところまできている。今日も、8キロで1時間4分39秒。

そうなのだが、この39秒が厚い壁。今日も、それを意識して、ラストの1キロでペースを上げようとしたのだが、スタミナが続かない。

ところで、新しい靴、ASICS Gel-Kayano 30 は、フィット感もクッションも申し分ないのだが、どうも、僕くらいのランナーには、その潜在力をフルに使いこなせていないようだ。どうやら、キロ8分を上回るくらいの速度になれば、リズムや反発力がかみ合ってくるみたいなのだが、それが続かない。それ以下では、どこかちぐはぐな感じがあって、靴が不満を言ってる感じ。ともあれ、やる気は引き出してくれている。

 

 

 

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