昨年末以来、わずか二か月そこそこの間に、私の「救急車体験」が二度にわたって続いた。何やら嫌な事態に思えなくもなく、日本の風習にならって、いわゆる「厄年」ってやつを調べてみた。
すると、厄年の最高齢のものは60歳前後までで、それ以上のものはどこを調べても出てこない。人間なら誰しも60を越えれば、それこそもっと危うい時期と思うのが当然だろうが、まったく、そんな話には出くわさない。
どうしてそうなのか、その理由がわかったのだが、それには、日本での「還暦」という伝統的な考え方が反映している。
「還暦」、つまり、人の一生は60年で一回りし、それ以降はもう、ある種の“異次元”の段階に入る、との伝統的な受け止めがあるようだ。
80歳を「傘寿」と呼ぶのも、もうその年に至れば、天の傘の下に入るも同然で、世情にもまれて命をすり減らす「厄」なぞからは、縁が切れるということのようだ。
それにそもそも、「還暦」というカレンダー上の節目も、この頃のように、人の寿命が伸びて、80歳をゆうに越えるようになれば、かつてのように、60歳の一回りで人生のおおむねが終るとの通念は、もう時代に合わなくなっている。
加えて私は、オーストラリア住まいをしてすでに40年を越え、自身の半分はオージー化したと見てもよいほどだ。
そんな、あれやこれやの経緯があっての本年8月20日の80歳入りで、私の人生の実際上の環境は、「厄」といった日本的風習からも、縁が切れ始めているということだ。よって二度の救急車体験も、そうした流れの中での、ちょっとした勇み足的な出来事ということなのだろう。
そういう次第で、この80歳入りは、それこそ、風習と居住地の二重の意味で別次元入りで、別記事のように、「人生三周目」とそれを捉えているその時期も、そうした絡みをもって迎えようとしているということだ。
ともあれ、そうした脈略での〈半分外人-日本人〉ぶりにあって、この8月より始まる「三周目」の人生を、それこそ「天の傘下」となった、新展開のステージとして体験して行けそうである。
これは追記だが、AI経由の情報によると、英語圏でも、「人生三周目」に似た認識として、 “Third Act” という見方があるという。その説明は以下のようなものである。
1. 人生を三幕構成で捉える発想
“Third Act(第三幕)”は、人生を演劇の三幕構成になぞらえる比喩です。
- First Act(第1幕):成長・教育・社会への参加
- Second Act(第2幕):仕事・家庭・責任・成果
- Third Act(第3幕):60代以降の「再創造」「成熟」「自由」「貢献」
つまり、老年期を「衰退」ではなく、新しい創造のフェーズとして捉える思想です。
2. 特徴
- 目的の再定義:仕事中心の人生から、自分の価値観中心へ
- 役割の変化:成果よりも、共有・育成・表現・探求
- 時間の質の変化:外的成功よりも、内的充実・関係性・意味
- 身体の変化を前提にした創造性:無理をせず、しかし深く生きる
3. 代表的な文脈
- Jane Fonda の TED Talk「Life’s Third Act」
- アクティブ・エイジング研究
- ポジティブ心理学(特に老年的超越)
- クリエイティブ・エイジング(Creative Aging)
Fonda は「第三幕は人生の“完成の章”である」と述べ、“人生の編集作業” を行う時期だと強調しています。
〔AIは、MicrosoftのCopilotを使用〕
私の言う、人生の「一周目」「二周目」「三周目」とも、根拠や区切りは違うが、相似する受け止め方なので挙げてみた。