「人生三周目」に向けてのグランド構想を考えるにあたって、私はいま、ひとつの仮説を立てようとしています。そしてそれを仮説とするのは、まさかそんなものが存在しているとは一概には考えられず、かなり慎重に取り扱わねばならないものだと思えるからです。そしてその仮説とするものは、副題のように、〈運動機能という「人格」のインフラ〉という見立てです。

こうした地理的インフラのように、、、(写真は「しまなみ海道」の本四間連絡橋)      .

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傘寿ともなれば厄年無縁

〈半分外人-日本人〉(その22)

昨年末以来、わずか二か月そこそこの間に、私の「救急車体験」が二度にわたって続いた。何やら嫌な事態に思えなくもなく、日本の風習にならって、いわゆる「厄年」ってやつを調べてみた。 詳細記事

〈AI的リアリティ〉の登場

「人生二周目」独想記 第40号

Copilotの制作によるイメージ   .

AIとのやり取りをしながら、ある鼻持ちならない感覚にとらわれた。あるいは、こちらの生身な在りようでは太刀打ちできない、あたかも底なしの世界に引き込まれてゆくような、そのまさに人間離れしたAI側の能力に圧倒される気配である。その場ではもう、こちらにはただ、スイッチを切るしか手は残されていない。これって、これまでの「二重構造」の上塗りじゃないのか。注意しなければならないのは、AIはまるで自分が人間であるかのような顔をして、しかも揺るぎない確信をもって語ってくることだ。これが言われている「シンギュラリティ(特異点)」の第一歩なのかも知れない。 詳細記事