いまの私にとって何が究極のゴールなのか、ということに思案をめぐらせています。
どうも、ガン宣告を受けたということで、目先がそれに引きずられ過ぎていました。
ガンを含め、病気とは、むろん誰も、望んで体験するものではなく、とにもかくにも、「降ってわいた」と受け止めるしかない「災難」です。
そうした災難に遭遇すれば、ともあれ目先の対処に取り組まざるをえません。
全摘の是非も含めて、この十年間の私の奮闘も、そういう災難対処であったということのようです。
要は、全摘をしようがしまいが、死ぬ人は死ぬし、生きる人は生きている。
五臓を摘出して、それでもしゃんと生きている建築家の安藤忠雄氏が言っています。
「ないなら、ないように生きる」。
私の場合、「あろうが、なかろうが」、その究極のゴールを追求する、ということです。 詳細記事