想えば遠くまで来たもんだ

〈半分外人-日本人〉(その20)

シドニーより羽田経由で直行した朝の松山上空          .

愛媛県宇和島のミカン農園で、希望した「山」と呼ばれる収穫作業ではないのだが、「工場」と呼ばれるミカン加工場での労働をしている。片やの人手不足と他方の旅趣向を結び付ける案内サイト「旅ワーク」によるもので、一月の雪山行きへの体慣らしのつもりで応募した。

学生時代のアルバイト以来の単純肉体作業で、文字通りひさびさな、また場違いなような異体験であるのだが、そんな追憶では終わらない、遠い道のりをぐるっと一巡りして帰ってきたかのような感慨がある。

 

たとえば、そこで一緒に働いている人たちは、地元のおっちゃんおばちゃんたちで、作業をしながらに交わす会話はたわいもない世間話なのだが、方言を通してだがもちろんその意味は解せながら、その感触といえば、なにやら外国にでも来ているとの錯覚すらある、自分がつい先日まで続けてきたその日常との、あらためて驚かされるギャップなのだ。

そうした人たちを、「単純素朴」とか「地方じみた」とかと見下すことは簡単だが、それ以前に、過去には自分も大なり小なり、そうした環境に生息していた生物であり、それがひょんな巡り合わせからそこを後にし、遠く隔たった世界を移り歩き、その一巡りを経て戻ってきてそこにいる。その一種なつかしい回帰のシーンに、いまそうしてもろに遭遇しているのだ。

言い換えれば、そうした旧態依然なものを嫌い、その反発を跳躍台にしてこの一巡りをしてきたはずなのだが、今の自分の起点となっていたはずのそんな原風景を、何やら外国の旅先のごとくに体験して、遠い一巡りの後の帰り着きの、予想外な感触を味わっている。

その一巡りの発端は、中年になっての海外留学としての旅立ちだったのだが、それが結果的に行きっぱなしとなっている自分を、これまでたびたび「鉄砲玉」と呼んできた。そういう語呂でのこうした帰り着きは、あたかも「ブーメラン」と、その地の名物を採り上げた言い回しも可能だろう。

くわえて、その自分はむろん大きく変容をとげていて、41年前、時代の争点との雰囲気過ぎ去らぬ成田空港を、家族総出で見送られながらも、さほど晴ればれとはなれずに飛び立った時からは、あれもこれもと違っているはずだ。

単に年を取って老いぼれただけでなく、その人となりにおいても。

そんな二重、三重の変容を、今、時の経過の意味を再吟味するように新規体験している。

ぐるっと一巡りし、地理的には帰還したのも同然なこの体験を、そのループ状の形容より、むしろ延々とたどってきた直線状の距離感として、表題のごとくに味わっている。

 

 

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