今回の代替わりに伴うもろもろの儀式ですが、あれはどう見ても、もってまわった「神様ごっこ」にしか見えませんでした。よく見ても、各地の地元神社に伝えられる「お祭り」行事を越えるものではありません。

私は、各地方に脈々と伝わる「お祭り」をないがしろにするつもりは毛頭ありません。むしろ、深く足下に根差す自然とのつながりを尊重するそうした伝統行事を、環境やエコロジーの重要さの別の角度からのアプローチとして、人間生活に忘れられてはならないものとも考えます。文化とよばれる社会の深みの一部です。 詳細記事

日本人だけでも3百万の命を贖〔あがな〕って制定されたに等しい日本の平和憲法。なのに、その意味もくまぬ改正議論に加えて、すでに天皇制度にまつわる事実上のなし崩し的改変が、退位特例法の制定、施行によって実施されています。

以下の法規定のように、この特例法は不必要です。にも拘わらず、それが制定された狙いは、国民の目くらましにあります。その制定により、5月に新天皇が即位して新元号が始まり、この新年がまさに旧時代から新時代への変わり目であるかのごとき「妄想形成」が国をあげて実行されています。それほどに、国民の目をそらさなければならない、現時代を覆う薄暗さがあります。 詳細記事

慰安婦問題なり強制連行労働問題なり、いわゆる歴史認識問題とよばれる諸問題について、内外の政治家たちの問答はそうさせておき、それとは別に、私たちが互いに人として共感しうる基盤に立ち返る道は可能と思う。つまり、その問題を反面教師として受け止め、私たちの歴史上の尊い教訓とすることはできないのだろうか。「万世一系」に、一度も過誤がなかったとは、いかにも信じ難い。その要は、国であろうと個人であろうと原則は同じで、自らのおかした過ちは、出来るだけ速やかにそれを認め、それから学ぶものを教訓として糧にすることしか善処はない。 詳細記事

私はいま70歳ですが、20歳で有権者となって以来ずっと、「こんな人たち」できました。

この間つねに、少数派だと思ってきましたし、選挙結果でも毎度それを確認させられてきました。

しかし、今度の安倍首相の「こんな人たち」発言で、にわかに仲間が増え、多数派にならして頂いているようです。

さすが首相、誠にありがとうございます。

もし、私がいまも東京都民だったら、7月2日の都議選には、もし小池派もなければ共産党だろうが、今回は同派に投票するだろう。何よりも、反安倍の意志を最大に結実させたいのは、おそらく、大多数の気持ちだろうから。それに、都民ファーストの伸びは、織り込み済みの情勢。 詳細記事

もう6年ほど前、『天皇の陰謀』訳読の解説で、「明示的か黙示的か」という記事を書きました。日本の天皇制を「黙示的」体制の最たるものとすれば、著者のバーガミニは、それを「明示的」に述べることに努めたというものです。

今、それを読み直すと、日本文化の特徴が天皇制にそうした「黙示的」性格を与えたというその見方は、相当に、身びいき過ぎる甘さがあります。 詳細記事

最近の世界情勢を見ていると、世界は、まるで思春期に舞い戻ったかのようだ。

もっと大人かと思っていたが、意外に若かった。 詳細記事

アメリカでは、「トランプの乱」が、その開始以前から大騒ぎを引き起こしています。むろん、それはアメリカ国内にとどまっていません。

このいわゆるポピュリズムの起こす「乱」には両面があり、いたずらなオール・オア・ナッシングな対応は無益だと思われます。 詳細記事

アメリカで、またしても市民が50人近くも銃で殺されました。どうやらそれは、いわゆる「テロ」であるようです。これで銃規制の議論はまたしても再燃していますが、その一方で、反テロが声高に叫ばれ、加えて、銃撃事件のたびに銃の売り上げが伸びているといいます。

「狂ったアメリカ」が再認識されるところですが、もう、とどまるところを知らぬ≪底なし感≫を否定できません。 詳細記事

最近の日本へのインバウンド旅行者の急増を眺めていると、海外からの旅行客を迎える個々の町や地方のもてなし方はさまざまとは言え、その全体像は、日本国民全員をその従業員とする、「テーマパークランド日本」がフル開園し、世界中からの人気を集めて繁盛し始めているシーンであるかのように映ります。

そうした動向からうかがえることは、年に2千万人を超えたという世界からの訪問客のみなさんは、日本が向いだしているきな臭い方向(大概はどこもそのようですが)なぞ、まるで気にも留めていない――間違って迷い込んでいる一時現象――といったふうに、そうではない日本にぞっこん魅了され、その来日体験を心底、楽しんでいる様子です(誰が押しつけやプロパガンダで、そう安くはないその訪日をわざわざ選んで来てくれるでしょうか)。 詳細記事