世界で初めて、オーストラリアの研究者が前立腺腫瘍のゲノム全体をマッピング〔地図化〕し、この疾患を観察するための新しい方法をもたらした。
彼らは最も多く診断される進行度の前立腺癌を地図化した。 それは、標準的なグリソンスコア〔訳注〕7の腫瘍であり、臨床的に予測不能であることが知られている。
〔訳注〕グリソンスコアとは、前立腺癌の進行度を2から10の9段階にしたもので、大きくなるほど進行したもの。7とは「中等度の悪性度」を意味する。
患者から採取した生検試料を用いた地図化過程は、長い時間を要した。それは、採取組織からDNAを破壊することなく取り出す必要があったからだった。以前、これは人間〔の組織〕では達成されていなかった。
この単体の腫瘍の研究結果は、医者や科学者を対象とした 『Oncotarget』誌 に掲載された。
前立腺癌はオーストラリア人男性で最も一般的に診断される癌であり、この研究は次世代地図化により特定タイプの癌についての洞察を提供することができるという原理をもたらした。
その地図化によって得られた情報は、個体の腫瘍を特徴付け、以前は認識できなかった情報を明らかにするために使用でき、治療をより標的にしぼったものにすることが可能となる。
シドニーのガーヴァン・メディカル・リサーチ研究所で実施されたこの地図化により、以前は検出されなかったこの疾患に関連するDNA変化のレベルが明らかになった。
ほとんど未解明
この方法では、前立腺癌でこれまでに検出された10倍規模のDNA転位が明らかにされ、この癌の新たな15の潜在要因が解明された。
Garvan’s Human Comparative and Prostate Cancer Genomics Laboratory のヴァネッサ・ヘイズ教授は、「前立腺癌を長年研究してきたが、これらの腫瘍を引き起こす原因についてはほとんど解明されていない」と語る。
「最大の臨床上の課題の1つは、広がって生命を脅かすようになる癌はどれかを区別することであり、それが分かれば、患者は、必要としない過酷な治療を免れられる。」
「このように治療を目標へと絞り込むには、まず最初に、個々の腫瘍の遺伝子的要因をつかむ必要がある。」
同研究者らは、新しい地図化技術を全ゲノム配列順と結び付けて用い、前立腺癌の最も完全な描像を明らかにし、そのゲノム把握を最新のものにした。
ゲノム配列順は、遺伝子コードの各文字を読む細密な観察作業だが、地図化は視点を広げ、より大きな画像を提供する。それが鳥瞰図となって、配列順をその視野の中で方向付けうる。
同教授は、前立腺癌には独自の特徴があると語る。
「これまでのゲノム配列解析の結果、遺伝子の変化はごくわずながら、むしろ、ゲノム内でのDNAの複雑な転位がおこりやすくなっている。」
次世代地図化
「これは、大部分の癌――多くの重要な遺伝子のわずかなDNA突然変異によって引き起こされる――とは異なった特徴である。」
「これまでは、前立腺癌におけるこれらのDNA配列順または構造変異を観察する方法がなかった。」
ヘイズ教授は、全ゲノム配列順との相互関連付けが非常に重要だと言う。
「ゲノム配列順技術だけではそれはできない。完全なゲノム配列順はわずかなDNA突然変異を特定する上で非常に重要だが、いつ、遺伝子が完全に欠失したり、別の染色体に移ったり、何倍にも増えたのか、ここに我々は注目した。」
「次世代地図化を使用すると、大規模な変位が見られ、ゲノム配列順によって、これらの変位によって影響を受ける遺伝子を特定することができた。」
「いくつかの癌促進遺伝子が何度も増殖し、その潜在力が増し、それが前立腺腫瘍を引き起こす可能性がある。」
「全ゲノム配列順は、前立腺癌の理解のために非常に多くの門戸を開いた。次世代地図化はドアの数を2倍にしたと言える」とヘイズ博士は言う。
彼女のチームは、オーストラリアで最初に次世代の地図化技術を採り上げ、世界で初めて個々の腫瘍を理解するためにそれを適用した。
「将来、この技術は、次世代配列順を、前立腺癌のための個別化された薬の鍵として働くものと確信している。」
この研究は、オーストラリア主導の国際計画である前立腺癌転移(ProMis)プログラムの一環として実施された。 それが始まって以来、地図化技術は改善され、現在はより高速になっている。
有望なブレークスルー
ガーヴァンの研究チームはその後、別の論文で、対象となるさらに4つの腫瘍を地図化している。 ヘイズ教授は、この新しい研究により、最初の研究で検出されたこれらの大きなDNA変化の重要性が確認されたと述べる。
人間の癌の地図化技術については、オーストラリアは世界のリーダーである。
「これは非常に有望な研究の突破口である」とシドニーのセント・ビンセント病院の癌遺伝子ディレクターのアラン・スピゲルマン教授は言う。
血液サンプルの遺伝子検査に基づいた現在の治療法を補完するものであり、前立腺癌組織を用いれば、より正確で標的化された治療につながる可能性がある。 NSWの癌遺伝学サービスを担当している同教授は、現在、前立腺癌の男性は、特定の医薬品が効果をもつかどうかを調べるため、遺伝子検査を用いることができるようになったと言う。
「血液サンプルを用いた現在の癌遺伝子検査は、BRCA2といったDNA修復遺伝子を標的としている。」
「ここで、突然変異を検出することは、そうした遺伝子における突然変異をおこすものに最もよく反応する新たな薬物治療の道を開くでしょう。」
〔注記〕筆者の Jill Margoは、NSW大学の付属准教授。