20年ほど前、「相互邂逅」という半自伝を書いた。それは、自分が十代末から書き残してきた二十数冊のノートを数十年ぶりに読み直す機会があり、そのあたかも今の自分が若き自分と再会しているかのような、思いもよらぬ体験について綴ったものである。
それらのノートは、それが記されたその時点では、数十年後の自分が、まさかそれを手に取って開きそして読むなんてことは想像すらされておらず、あくまでもその時の自分の胸中を独白したものだ。他に何の意図もない、「一人称」の書残しである。 詳細記事
「未来邂逅」というビジョン
〈旅心〉という「不思議」の源泉
居酒屋談35号そして本独想記32号に引き続いて、中央アジアの旅で体験した「不思議な遭遇」について考えている。
そしてその謎を解く鍵が、むしろ、旅をすること自体にあるのではないかと推測している。
そこで仮説を立てるのだが、旅をするのとは反対に、定住したり、国といった固定した枠内に安住したりすることが、人間にとっては、むしろ“不自然なこと”と断言するのは無理としても、大きく片寄ったものであるのではないだろうか。
そして、そうしたノーマッドな在り方が示唆することは、この定住とか国民とかとの、今日のほとんど全地球に行き渡った常態こそ、生命の本来の在り方に“背いている”とするのはこれまた行き過ぎとしても、大きく片側へと振れているものではないだろうか。
遠い過去には、旅を日常とする生業があった
風穴を開けたのは誰
これはひとりの男の私見だが、いったん男としての沽券を捨てると、この世のもやが晴れるように出現する、見通しのよい視界がえられる。
それはたとえば、女のもつ、正直言って男には到底なしとげえない、適応能力が成す風景である。
もっと言えば、世界のどこであろうと、そこを根城に棲みついてしまえる、根源的な生命力だ。 詳細記事
健康長じてのこの楽しみ
「人のふんどしで相撲をとる」という諺がある。
いま、中央アジアの旅を始めて、はや十数日となっているのだが、私は、この旅とは正直言って、まさに、この諺の通りだなと思っている。 詳細記事
“私アニメ”;「夢は枯野をかけめぐる」
前号の「〈続〉 残雪の山歩きで見えてきたもの」では、奥秩父での山行体験が発展して、なにやら、量子理論の自分解釈版になりそうな記事となった。それが、兄弟サイトの『フィラース』に掲載中の「MaHaと僕のシェアーライフ」の「2.03 「並行宇宙」論と共に」ではさらに発展して、ことに、量子理論の「並行宇宙」論の私版を述べることとなった。
そう述べながら、これはもしかすると、今日風「夢」ではないのだろうかとの思いも頭をよぎる。
そこで、それがもし「夢」であるとするなら、そのドキュメンタリー映画中での宮崎駿の告白、「人間の夢とはことごとく、呪われた夢なんです」が、再度、想い起されてくる。 詳細記事
〈脆弱〉から〈天才〉への飛躍
前々回に「変容する主流パーソナリティ」と題して、人間のパーソナリティに焦点を当てた視点を述べました。今回は、そうした変化と共にあるはずの社会の側の特徴を述べてみます。というのは、人間のパーソナリティといってもそれは、その在り方を左右する人間にとってのインフラ側の特徴を反映していると考えられるからです。そこで下に示す図です。
戦争しない国はどこ
対立の歩み寄り
2025年(昭和だと100年、明治だと158年)の年頭に当たって、世界が日ごとに大戦争の淵へと迫っているかの今日、これはきわめて大ぐくりで、時にナイーブとされかねないことは承知の上でのビジョンです。すなわち、その破滅へと向うかのような情勢の反面、一歩距離を置いたバードビユーにおいては、ある種のコンバージェンスつまり収束、あるいは歩み寄り状態が浮上し始めてきているように伺えることです。もちろん、自分の希望的観測も含んでです。
人生の“新フェーズ”か“旅支度”か
「リアル・メタ半々」の世界
私は現在、二つのサイトを制作し、それを駆使しています。ひとつはこの『両生歩き』、他は『フィラース』で、互いに「兄弟サイト」と称し合っています。
最近、その兄弟サイト『フィラース』で、「MaHa」と称する架空の人間存在を想定し、その設定意義を述べ、またこれからその活躍を描こうとの構想を練っています。
その「MaHa」を誕生させる以前は、「自分彫刻」として、自分自身を彫り刻む、つまりその誕生へのそうした作業途上にありました。
その「MaHa」とは、創作テクニック上では一人のアバター像なのですが、「MaHa」との名が示す通り、私自身の鏡像です。
そういう「MaHa」を誕生させたのが今年の2月20日ということで、以来、9か月ほどを経てきています。
つまり、このようにして生み出した自分のアバター像「MaHa」を常時、念頭におきながら二つのサイトに取り組んでくるという生活を、ほぼ9か月ほど送ってきたわけです。 詳細記事
《観測装置》たる自分
内部「バイオフィードバック」のもたらすもの
運動の後、芝生の上に座して、こう思った。
私は、どういうわけか自分の意識をこう持ってここにいて、その〈眼鏡〉をとおして外界を眺めている。自分でも、また誰からも、意識のそういう在り方の理由もその目的も、説明はおろかその問いさえ聞くことは極めてまれだ。意識はただ、気付いた時にはそう存在していて、それを今まで長々と引きずってきている。
間違いなく、昔は、我を張ることを、そうとも気付かぬほどに当たり前としていて、「自分、自分」と、おのれを中心にすえた同心円を保持するのに汲々としていた。 詳細記事