1月7日〈水〉
今日も仕事後、はじってみたのだが、いつもの運動を倍加して、8キロほどに格上げしてみた。というのは、このミカン園労働が、本来の雪山行の準備となっているのかどうかおぼつかない――むしろ劣化さえしているのではないか――との気があって、シドニー時代のレベルに戻してみた。
立ち作業の連続で、消えていた昔の腰痛がぶり返してきており、狙いが裏目となってきているかの恐れもある。それに、走り運動が腰痛には負担なところもあるようなのだが、ことに後半、はじりながら、その痛みが消えてきている感覚があった。この窮地挽回の荒治療の意味も含めてのこの8.5キロだった。
タイムは1時間17分25秒、キロ9分8秒とのスローペースだが、夕方の寒風吹く中を、慣れない海岸沿いの県道を、山じゃあこんなもんじゃないと発奮しながらはじっていた。
1月9日〈金〉
最後の勤務終了。長いようで短かかったこの一か月だった。救急入院との波乱で始まったこの宇和島市吉田町のミカン農園での異体験。考えようでは、この年齢になってのいい社会勉強だった。
1月15日〈木〉
この4日間、大阪、堺の友人宅に投宿。鍼灸師や筋肉マッサージに見てもらったり、温泉につかったり、もちろん、うまい物を食べたりしながら、いろいろな話に花を咲かせた。
鍼灸師によると、私の筋肉や関節は、60代はじめぐらいの状態だという。また、前立腺ガンについても、ASP値9.5ほどへの高まりは、数十への急激な高まりではないかぎり、監視療法を続けて行くくらいでいいのではないかとの意見。西洋医に比べ楽観的なのだが、そういう意見もあるということだ。
午後、京都へ向かう。
1月16日〈金〉
京都駅から徒歩5分以内の日本旅館に一泊。今日は、知恩院へ両親の墓参り。
1月18日〈日〉
東京に二泊し、今日、秩父、武甲山ふもとの山岳ガイド宅へゆき、山準備。
