QL 1Year+291Day(2020年10月11日〈日〉)

昨日のはじりは10キロで、タイムは83分45秒と並みだったのだが、終了後が格別だった。気温も24,5度、快晴、風もほどよくあって、事後ストレッチの後、芝の上に座し、夕日をサンゲージングしながら、満悦した気分を味わった。

そこで思ったのだが、この80分余りの運動で、何かが変わり、何かが作られている。それが何かを言うのは難しいのだが、一種の全心身インフラがレベルアップしている、そんな感じである。 詳細記事

QL 1Year+273Day(2020年9月23日〈水〉)

泳ぎを今日も1100メートルで打ち止め。 詳細記事

QL 1Year+257Day(2020年9月7日〈月〉)

今日は泳ぎが好調で、1500mの最終ラップに入って、なまじっかスパートをかけたのがいけなかった。最後20mほどのところで、突如左足のふくらはぎが猛烈に痙攣、もう動けなくなった。 詳細記事

QL 1Year+240Day(2020年8月21日〈金〉)

友人たちと、スッピッツ橋からマンリーまで、足慣らしのウオーク。

 

QL 1Year+241Day(2020年8月22日〈土〉)

足の故障後、はじめての10キロはじり。ややこころもとなかったが、無事終了。もう、大丈夫だろう。強い西寄りの風が冷たかったが、はじり後のクールダウン時、空の青さと白い雲に、思わず見とれ、そして思う。はるか上空から逆に見下ろしたのが、新サイトのHPの動画。 詳細記事

QL 1Year+229Day(2020年8月10日〈月〉)

先に、エクササイスは「仕事」と書いた。それはあくまでも比喩だったのだが、どうも最近、まさしく、それを「仕事」と同一視しているところがある。つまり、それを終えた感覚が、まさに「一仕事を終えた」といったものなのだ。あるいは、何もしないで無為に過ごした日などは、どこか空しい感覚が伴うのだが、この「仕事」をした日は、それがなく、いくらかの充実感がもててしまう。まあ、この「仕事」によって、健康度が増し、家族や医療制度への負担が減るなら、それは確かなメリットであって、金銭的な価値にも置き換えれる。ゆえにそれは、事実上の収入にも相当するってわけだ。 詳細記事

QL 1Year+208Day(2020年7月20日〈月〉)

「またZGか」と、腐っていても何も始まらない。要は、外側も内側も、それほどの悪質な環境にあって、その毒気に毎日さらされていることだ。嘆かわしいが、それが現実だ。 詳細記事

QL 1Year+198Day(2020年7月10日〈金〉)

今日の12キロはじりは、快調だった。タイムも1時間38分27秒。ことに帰路は40分5秒でほぼ標準タイム。呼吸に制限のある泳ぎとの相乗効果が出てきたのか、呼吸が楽だ。 詳細記事

QL 1Year+181Day(2020年6月23日〈火〉)

リタイア者、ことに年金生活者にとって、健康維持は、それを仕事と考えるくらいでよいとは、以前にも書いた。つまり、“お荷物”にならないことが、社会的義務――それ以上に家族的義務――の筆頭事項ということ。言い換えれば、そういう――医療費負担をかけない――形の税金の支払い。そして、家族へのお返し。

そこで、運動に出かけようとする際に気乗りがしない時(何だか仕事に出かける際の気分と似ているなと思ったりもするのだが)、「これも仕事と思え」とスイッチを入れる。 詳細記事

QL 1Year+167Day(2020年6月9日〈火〉)

10キロはじり、1時間25分31秒。出だしというか、往路はメタメタ。標準より4分遅れ。帰路は挽回して、1分半の追加。そうなのだが、やはり、完走できること自体が重要。後ろ向きの姿勢にはなりたくないものだ。 詳細記事

QL 1Year+148Day(2020年5月21日〈木〉)

三日前の12キロの疲労が消え、ちょうど雨もあがって、今日は10キロのはじり。このところ、いつものコースは、運動を求める人たちが増え、今日も、何人に追い越されたか。ドンマイ。どれもみな、僕よりはるかに若い。タイムは1時間21分40秒。標準タイムより、わずか100秒、キロ当たり10秒の遅れ。 詳細記事