やむを得ないのですが、週末三日の、しかもディナー時のみの出勤では、まかされる仕事も部分的とならざるをえず、それでいて、全体の流れをスムーズ以上に持ってゆく、そういう文字通りのリリーフ役、それが今度の役割です。
店は、長年勤めてきた“熱もの”――キッチン内は“熱もの”と“冷もの”に分かれていて、寿司はもちろん後者――のシェフがやめた後、二週間ほどのブランクがあり、その後釜に今週から新シェフが入ってきました。それやこれやで、キッチンの中は、ちょっと雑然として落ち着かぬ状態となっています。
大きな店でもない職場であって、四日ぶりに出勤すると、先週とはどこか違った空気が流れていたりして、呼吸を合わせるのに一工夫が必要となります。
それに、やはり年齢がゆえに即応性がきかなくなっているようで、そういう微妙な変化に、当方としては、ある億劫さを否めないところもあります。
ここのところはそういう環境なのですが、店の経営者――「おやじ」だの「あにき」だのと呼ばれて親しまれている――の人柄なのですが、そうした雑居状態のスタッフ構成でも、なんとか和やかな人間関係がかもしだされていて、店の独特な雰囲気となっています。
昨夜も、こんなことがありました。
店のキッチンは、客席からガラス越しに中が見通せるオープン・キッチンとなっています。
私が客席に背を向けて仕事をしていると、背後から、どうも誰かが私に何かを言っている気配がします。
「へい、シェフ。どうしたんだ。髪は真っ白だし、体はやせちゃって」とその声は言っています。
そこで私が振り向くと、さすがに人違いと気付き、とっさに彼は奥にいた当の「おやじ」をみつけて、安心したかのように、そちらに親しげに握手の手を伸ばしていました。
「おやじ」は私とほぼ同じほどの背格好ですが、けっこう太っていて、まだ髪は黒ぐろとしています。
このハプニングに、キッチン一同、大爆笑です。
そそっかしいお客さんもいたものです。
店を柱となって支えるフルタイムの仕事は、将来への希望も託して、若者たちが行っています。一方、どんな店にも、忙しさの波とか、スタッフの休みとかと、変動部分があるのは避けられません。そこに入れ替わりするのが、パートタイムの従業員です。
私の場合、人違いもおこるという特異な立場ながら、そういうリリーフ役に徹するという、予期もし、また意外な面に驚かされつつ、そうしたニッチな役割を果たしています。