変化の焦点、南オーストラリアをめぐる政治・経済情勢

12月5日、アデレード動物園で行われたサントスのクリスマス・ピクニックには、キリンなども含め、いかにも沈んだムードに包まれていた。仕事に献身する従業員とその家族のために催された会社全額負担のそのピクニックだが、しみったれた気分はあらかじめ一掃されてはいたものの、その大手石油・ガス企業が好景気に沸いていたこれまで数年のような大盤振舞いは姿を消していた。

この三ヶ月間でその市場価値が80億ドル〔7,840億円〕も吹っ飛んだことは、どんな集まりにさえ、苦い雰囲気をもたらすに十分すぎていた。

原油価格が5年来の低価格に落ち込み、危機に耐える緊縮策のさ中にあって、サントス従業員の間には、大規模な経費削減が実施され、自粛ムードが行き渡っていた。

アデレード市街からわずか1キロの立地ながら景観富んだ動物園ののどかなたたずまいの中で、虎に餌を与える実演は、恒例ながら、サントス家族からは広い人気をはくしていた。

同社の株価がこの9月初めの15ドルから7ドルへと下落した今、誰もが、そのアデレードの花形企業が悩めるグローバル企業に変じているという、苦痛な思いを共有していた。

しかも、南オーストラリア州にとっては、サントスの光栄の手痛い傷つきと、その株主資産の膨大な損失以外に、また別の歓迎せざる出来事があった。それは、同州から自動車メーカーのホールデンが2017年までに撤退し、かつ、それに伴う関連部品企業への波及効果という難題をかかえていることである。さらに加えて、アボット連邦政府は、選挙公約を破って、ポート・アデレードに隣接するASCの工場で次世代の潜水艦を建造する計画を海外企業に任せるという、地元防衛産業にしっぺを喰らわす不安にもさらされている。

デービッド・ジョンストン防衛大臣は、〔ASCという〕この国営造船会社は「カヌーさえも造れない」と失言をはいて、地元民の反感をかった。

かくして、資源産品ブームが瞬くうちに過ぎ去り、南オーストラリア州は、経済の主導を何に任せるのかという岐路にたたずみ、さまざまな意味で、オーストラリアが面している潮目の変化をめぐる、焦点となっているかの感がある。

 

選挙民心理の変化

 専門家が指摘するように、オーストラリアが、産出する天然ガスの国内的供給から液化天然ガスの世界的輸出国へと変貌するにあたり、サントスは同産業の基幹企業であった。

同社は、クイーンズランド州沿岸のカーチス島におけるGLNGプロジェクトのオペレータであり、その30パーセントの権益保有者でもある。このプロジェクトは、同地で開発中の計6百億ドル〔約6兆円〕を上回る三つの競合LNGプロジェクトの一つである。また、それは、オーストラリアで進行中の計2千億ドル〔約20兆円〕に達する投資となる、七つのLNGプロジェクトの一つでもある。

だが、サントスにとっての問題は、そのガス価格が石油価格に連動されていることで、その建設が最終段階にさしかかっている今、バランス・シート上の強さが大いなる懸念の的となっている。

政治的前線においては、南オーストラリアは変化する情勢の焦点であり、全国レベルで生じる可能性のある変化の先頭ランナーにさえなりうる。がたつき始めたアボット政府は、混乱と異例な内閣の歩調の乱れのうちに予算戦略と声明を発表して、今年を終えようとしている。こうした連邦レベルの政策決定に対し、南オーストラリア州の人々は、州の自動車産業を消滅させ、防衛産業に深刻な打撃をもたらそうとしている、と憤慨している。

そうした機運の具体例は、フィッシャー区での補欠選挙——無所属議員ボブ・サッチが過去20年間保持した名目上のリベラル議席区で、その彼が10月に脳腫瘍で死亡——で見られ、その投票結果は労働党に勝利をもたらした。労働、リベラルの両党候補は接戦を繰り広げたすえ、辛勝ながら、労働党に勝利を与えたのであった。

反・リベラル国民連立政府ムードは、また、製造業中心の隣州、ビクトリアでも発生している。最近〔11月29日〕の州議会選挙において、リベラル州政府は政権を失い、新たに、ダニエル・アンドリュー労働党州政府が復権した。

こうした政治的潮目の移り変わりは、南オーストラリア出身の上院議員で要職にあるクリストファー・パイン教育相の動静にもうかがえる。彼は、アボット連邦政府によるABC放送〔日本のNHKに当たる〕の予算削減に立腹し、アボット首相に対し、地元アデレードでの放送支局の維持を要請した。

これは、彼がABC予算の大幅削減を命じた閣僚の一人にも関わらずのことである。彼の議席は、選挙戦上、きわどいバランスにさらされているものひとつで、ABC放送に親しみを覚える多数の選挙民によって支えられている。

パインはまた、今年の、別の現地政治の特徴にもゆれている。すなわち、ひとりの優柔不断な〔無所属〕上院議員が、パイン教育相による大学教育改革に反対の構えを示していることである。この南オーストラリア出身の上院議員、ニック・クセノフォンは、さらに現在、新たな反対態勢を組立中である。

クセノフォン議員は、拡大する政治家への不信といった選挙民心理を活用することをねらっており、XNT党という、次の総選挙を狙っての新党発足を発表した。

 

先見のあった指導者

 いま、オーストラリアの四番目に大きい南オーストラリア州——98万平方キロ〔日本は39万平方キロ〕、バロッサ・バレーというワイン生産地で有名——を率いるリーダーは、険しい表情にならざるをえない。

同州首相のジェイ・ウェザーリルは、本紙に、鉄鉱石や石油価格の下落は、バランスがとれ、多角化された経済基盤の必要を強めている、と語っている。また、オーストラリアにとって、先端の製造業を持つことが決定的だとも語る。

「我々は、つねにバランスのとれた経済が必要と考え、それが、こうしたショックに対応できる重要点だとしてきた」と、急激な産品価格の下落について語る。

ウェザーリル首相は、「ドイツ経済はよいモデルで、包括的な製造業基盤をもつことの有用性を証明しており、彼らは、世界同時不況も大過なく通過してきた」と言う。彼は、サントスが自ら巻き込まれた状況を「検証し」、同社の代表取締役のデイビッド・ノックスと連絡をとってきたと語る。

状況は、グローバルな脈絡で見られるべきで、石油価格の下落もエネルギ産業全体として把握されるべきだという。

「サントスの将来について、うるさく警鐘を鳴らす前に、石油価格の下降に結果したグローバルな要因を考慮すべきで、我々が目撃している現象に現実的になる必要がある」、とウェザーリルは述べる。

彼は、この三月、事前予想をうらぎって、接戦ながら四期目の労働党政権の維持を堅持した。彼は2011年、党の派閥ボスたちが、2002年以来州を率いてきたマイク・ランを引きずり降ろした時に就任した。有権者に謙虚で誠実であることが労働党勝利のかなめで、「我々は、行くべき方向をめざして信頼を築きたい」と語る。

彼は、自動車や防衛産業についての重要な政策決定をめぐり、アボット連邦政府への批判が、州の利益のために貢献するリーダーを望む地元民の琴線に響いたと語る。

それに、クリケットの打撃手のフィリップ・ヒューズの突然の〔ゲーム中事故での〕死後、最初の対インド戦がアデレードで開始され、全国からの哀悼の目が注がれた。その入場券を手にできた幸運な人たちは、上記のような全国的な風潮の中でのその対インド戦を観戦できたのであった。

また、このクリケット戦の行われた競技場についても、インフラ投資を促進して経済活性化をはかるというウェザーリルの計画の柱のひとつとして、このアデレード競技場に5億3500万ドル〔524億円〕を投入して建て直したプロジェクトによる結果であり、それが2013年に完成していた。

「それは、この市の雰囲気を変えた」とウェザーリルは言う。というのも、〔もうひとつの人気スポーツ〕オーストラリアン・フットボール・リーグが今年より、これまでの開催に使用していた市の西14キロにある風のつよいウエスト・レイク——1974年に建設——から、このアデレード競技場での開催に変更したといういきさつもあった。

 

新たな南オーストラリアのシンボル

 ウェザーリルは、アデレード中心地区に活性と賑わいがもどっているといい、同競技場の世界的に賞賛される施設への変貌は、「キャン・ドゥ―(can-do)」精神を表した、新たなアデレードの顕著なシンボルとなっていると胸を張る。「スポーツ施設に見られているものは、経済全体にも表れている」というわけだ。

公的資金をインフラ建設に用いるということは、ウェザーリル の経済政策の頼みの綱のひとつである。政府財政からの比較的少額な資金的呼び水でも、経済が沈滞している際には、不可欠なものであると彼は主張する。

20億ドル〔1960億円〕強を費やするロイヤル・アデレード病院は、2016年の完成が予定され、こうした公的資金プロジェクトのひとつである。

ウェザーリルは、マレーシア人によって支援され、市の目抜き通りのキング・ウィリアム通りに建てられたブティークホテル、建設費5500万ドル〔54億円〕 のマイフェア―・ホテルを、多重効果のひとつとして挙げる。

以上のような政策は、アボット政府が連邦段階で予算を軌道に戻そうと奮闘するにあたり、大規模な削減姿勢を取る方向とは顕著な対比をなしている。

アデレードの空にそびえる数々の工事用クレーンを、同州が前向きに動いている証拠と多くの人々が考えることは、ウェザーリルの予想外の再選の理由とも言えそうである。「インフラ首相」との呼び名も高いはずのトニー・アボットも、シドニーでもメルボルンでもブリスベーンでも、アデレードと同様の印象をつくりだすことが、その挽回の要点となるにちがいない。

 

産品価格下落のプラス面

 産品価格下落がもつプラス面は、豪ドルの下降である。豪ドルは、2011年半ばに1.10米ドルに達し、今では、0.83米ドル当たりを前後している。輸出業界ははるかに競争力を得ているはずである。

ワイン産業、あるいは、小麦や大麦の大規模生産者にとって、それは神の助けである。「我々は輸出志向の州である」とウェザーリルは言う。

しかし、サントスの陣痛の州への影響には、軽視できないものがある。アデレードの証券会社で、シドニーにもオフィスを持つテイラー・コリソンの取締役、マイケル・ホワイティングは、サントスは、多くの南オーストラリア人にとって、その株保有の中心的企業であるという。そうした忠実な株主は、今年、創設60周年を迎えた同企業をことさらに誇りとしている。

サントスは合計12万5千人の株主をもち、そのうち数万名は南オーストラリアを基盤としている。「サントスに自然な愛着を抱いているのが同州でありその人々だ」「アデレードでは重要企業なのだ」とホワイティングは言う。だが皮肉なことは、サントスの株主制約——サントスの株を15パーセント以上動かすことを禁止——が、2008年に撤廃されていたことだった。

この制約は、アラン・ボンドによる会社乗っ取りを防ぐ目的と、地元への天然ガスの供給を確保するために、1979年に当時の州政府が導入したものであった。

その制約の一部に、マイク・ラン首相によって加えられた条項があり、それには、コミットメント確約条項——アデレードに本社を置き、数年間にわたり6千万ドル〔54億円〕を地元社会へのスポンサーに費やすなど——が含まれていた。

同州にとっての旗艦的イベントのひとつは、「サントス・ツアー・ダウンアンダー」と称される国際自転車ツアーで、毎年一月に開催され、〔オフシーズンの〕ヨーロッパ有名サイクリストを引きつけ、2009年には、後にドラッグ問題が発覚したランス・アームストロングの復帰参加が見られたイベントとしても注目されている。

資源産業は、南オーストラリア州には多くの確約を与えてきた。BHPビリトンは、州北部のオリンピック・ダム鉱山の拡大に300億ドル(約3兆円)をつぎ込み、世界最大の露天掘り鉱山とするとの計画を持っていたが、2012年にそれを棚上げし、州をうろたえさせた。

BHPの代表取締アンドリュー・マッケンジーは、今でははるかに抑制した姿勢をとっており、彼が「食いつき可能サイズ」とよぶ計画の部分的拡大をおこなうため、多量濾過技術を開発中の企業との提携をはかっている。

しかし、それはまだ数年先のことで、西オーストラリア州のように、同州が地下資源州へと格上げされる神器ともくされるものは、はるかに小規模のものとなってしまっている。

だが、潜在性は確かに存在し、確約もいくつか行われている。

サントスがその弱体化した条件をかかえて、洋上開発に特定した企業と変じた場合には、すでに巨大な力で痛打をこうむっている同州にとって、その自信をくじくさらに痛い衝撃となるにちがいない。

【本記事は、2014年12月13日付、Australian Financial Review紙掲載の「Adelaide’s bleak economy a crucible for national politics (アデレードの寒々しい経済、中央政治への試練)」とのタイトルの記事の本サイトによる全訳】

 

 

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