QL-Day 130(2019年5月8日〈水〉)

秋晴れの日、プルーマウンテンで山歩き。予想以上に快調に歩けた。ただ、体が冷えると、膝が傷む。それでも、約200メートルほどの落差の崖のはしご伝いの急登も、息切れすることなく、一気に登れた。 詳細記事

QL-Day 115(2019年4月22日〈月〉)

イースターマンデー。店で働く女性二人を招待し、おでんで歓談。

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QL-Day 100(2019年4月7日〈日〉)

日本という国は、本当に借金の好きな国だ。それは、先の世代に膨大な借金を残す国家財政ばかりではない。人々は、自分の将来の健康を前借りして現役時代に投入し切ってしまい、退職後に残っている体力も意欲も、もはや尽き果てているばかりか、その付けというべき、さまざまな「生活習慣病」に悩まされることとなる。「生活習慣病」と言えば、いかにもその本人の落ち度と聞こえる。だが、そうした欠陥行動を習慣化させているのは、それを強いる社会があるからだ。ことに、労働慣行の劣悪さはその極みだ。定年延長と言えば、これも聞こえはよいが、限界をぎりぎりにまで延ばして、なお働かざるを得ない現実にさらされているということだ。まるで、退職後は、ヨレヨレであって当然とでも言うかのように。 詳細記事

QL-Day 93(2019年3月27日〈水〉)

今日などは、朝から腰痛があって、室内を歩くにも痛みを感じるほどだった。

それを、自説の腰痛は腰のうっ血を信じ、6キロのはじりをした。

事前のストレッチを念入りに行い、足腰の筋肉を十分にほぐしてから、意識的にゆっくりかつ腰への衝撃を減らせるように足のバネをきかせてはじる。

予想通り、体が温まってくるにつれ、痛みが不思議に消え去り、それに合わせて、振り子走法をとって、あえて腰のねじりをふやす。

最近、足の筋力が回復してきたのか、こうしたはじり方が可能となっている。

持論、腰痛は腰のうっ血は体験的に正しい。 詳細記事

QL-Day 76(2019年3月10日〈日〉)

私はこの年齢(72歳半)になって、自分が止むにやまれずにとってきた《二重構えの生き方》が、人生の戦略としていかに決定的であったかを覚っている。まあ、平たく言えば、この欺瞞だらけの世界にあって、一途に生きよというのが無理なのだ。化け物にもならず、殺されもせずに生き残るには、この《二重構え》は、必須のスタイルなのだ。 詳細記事

QL-Day 63(2019年2月25日〈月〉)

日本式に言えば、空高い秋の日、はじりも調子が上がって、久々に標準記録以下で8キロを終えた。タイムは1時間3分3秒。キロ8分の標準記録でゆくなら、1時間4分。約1分、それを短縮した。 詳細記事

QL-Day 50(2019年2月12〈火〉

今日が「Day 50」との切りの良さは偶然だが、越境体験への自覚的取り組みも50日ほどともなると、やはり、ひとつの区切りになってくる。

というのは、そのような「老化」と「健康」の共存により、それがゆえの新たな視界が開き始めている。 詳細記事

QL-Day 37(2019年1月30〈水〉)

今度のNZトレッキングは、我々じぃさんたちにとって、キツイ試練であったのは言わずもがなとして、さらに実感しえたことは、「健康が健康を呼ぶ」という《良・循環》の気配でした。
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QL-Day 17(2019年1月10〈木〉)

ちかごろのエクササイズの感覚は、以前とはちょっと違ったものになってきていると前回に書いた。それについて改めて言うと、健康のための手段――医者に行ったり薬を飲んだりに並ぶ――というより、そういう生活習慣、あるいは日常生活の部分となっているといった感覚である。言ってみれば、仕事や食事や睡眠等とならんでそれがあり、はるかに身近なものである。 詳細記事

Day 123(2018年12月23日〈日〉)

昨日は、知人の結婚式、それに加え、これからはパーティー・シーズンで、飲み食いの機会が増える。体重増のご用心。

運動に関し、最近ことに感じるのが、出だしのきごちなさだ。まるで、身体の各部位が勝手に動いているようで、意識して極低ペースに抑え、その調整につとめなければならない。1キロほどはじって、なんとか体が温まってくると、ようやく、体の回転が始まる感じ(これは、水泳でも同じ)。まあ、それでも今日など、8キロはじれるのだから、良しとするか。 詳細記事