QL-Day 315(2019年11月13日〈水〉)

さすがに今日の10キロはじりはきつかった。気温が27~28度あったためだ。それに最近は、温度への耐性も落ちてきている。それでも、標準タイム+43秒だから、さほど悪いタイムではないのだが、終わってからの疲労感が尾をひいた。 詳細記事

QL-Day 294(2019年10月23日〈水〉)

今日のオーストラリアのニュースのひとつは、異常気象による日照りが何年も続き、農業を断念する人たちへの政府援助の報道である。日本は、そんな雨不足とは反対に、繰り返される洪水被害のニュースである。いずれにせよ、自然災害は、耐えうる限界を超えてしまっているという話だ。 詳細記事

QL-Day 278(2019年10月7日〈月〉)

この日、この一週間ほど我々と行動を共にしてきた日本女性を、中パ国境の山村、ソストで見送った。満席のそのマイクロバスは、その後、標高4,733mのクンジャラブ峠をこえ、緊張はらむ中国西域、新彊ウイグル自治区に入っていった。十時間以上を要する容易でない旅程である。以下、この風変わりな女性のことを記しておきたい。 詳細記事

QL-Day 267(2019年9月26日〈木〉)

当地での不思議のひとつは、下界は30度を越える乾燥した暑さにもかかわらず、山々は、白く雪をいただいていることだ。むろん、下界と山々とは、5千メートルほどの高度差があるわけで、それはそれで納得する。しかし、視界にはいるその間近さとその暑さが、その納得を許さない。 詳細記事

QL-Day 245(2019年9月4日〈水〉)

来週末のシドニー・マラソンを控えているからなのだろう、私の常連コースを走る人たちが増えている。皆、若い世代で、軽いトレーニングなのだろうが、スイスイと追い越されてしまう。争う気持ちは全然ないが、昔、オタオタと走っている年配者を見て、無理をしなくてもいいのにと労り心を持った記憶がよみがえる。 詳細記事

QL-Day 236(2019年8月26日〈月〉)

8キロはじりだが、ここのところ、そうとういい調子かと思っていても、ゴールしてタイムを見ると、キロ8分の標準ペース以上にはなっていない。まあ、欲張ることはない。はじれることで満足するか。 詳細記事

QL-Day 223(2019年8月13日〈火〉)

水泳を再開してふたたび困るのが、皮膚のかゆみ。プールの水の塩素殺菌剤のためだと思うのだが、水泳後のシャワーくらいでは効果ない。ことに、背中の両脇と、両足首あたりが顕著。 詳細記事

QL-Day 203(2019年7月23日〈火〉)

今日は春のような日和。それにつられてプールに行き、二カ月ぶりに1500メートルを完泳した。そのタイムは、二カ月前とわずか1秒違いの40分33秒。 詳細記事

QL-Day 189(2019年7月9日〈火〉)

政府が認知症と深刻に取り組まなければならないのは必至だが、我が「健康エコロジー論」から言えば、認知症とは、「生き方上の自閉症」とも言える。確かに年齢と関係しているように見えるが、それは、高齢になるほど生活上のフレキシビリティがなくなり、家族をも含んで、周囲の社会とつながり合う回路が断たれてしまったがゆえだ。いわゆる「認知能力」の衰弱は、その断絶の知能面への現れだ。むろん、身体上、行動上、習慣上などの他の現れも伴う。

また、逆に言えば、それは、現役時代の過剰適応による凝り固まった生き方形成による引退後の環境に適応できなくなったが故にだ。

現役時代に「人間ドック」で診断するように、「人生ドック」を行って、生き方のフレキシビリティの診断をはかることが必要だろう。 詳細記事

あとひと月で73歳となる。歳もそれくらいに至れば、どんな男も大なり小なりに、ある身体事情をかかえることとなる。そこで、片やでは、トホホとばかりに気落ちし、ひそかに挽回を願って、未練がましい努力に精を出すことになる。また他方では、何をジタバタと見下して、いさぎよくその宿命を引き受けよとのたまう。いずれにせよ、言うことを効かぬ自身に遭遇して、右に左にと揺れ動く、なんとも切ない男心である。

言うまでもなく、その身体事情とは、近年では婉曲的に「ED」――直訳すれば「勃起不全」――と呼ばれる、男の気候変化である。そしてそのシリアスさがゆえ、「死ぬまで現役」との武勇伝さながらの都市伝説も聞こえてくる。だが実相は、おそらく、そうは行かないからこその伝説なのだろう。

ともあれ、そういう難物に、そいつは、上記のタイトルのように「ようやく」を冠して関わってみようとしている。 詳細記事