「肛門絞り」の効果

TST Day 164(2022年9月7日〈火〉)

8キロのはじり、1時間3分34秒。ようやく、3分台となった。この新記録の立役者は、肛門絞り。続けてきた腹筋も役立っているはずだが、それに加えてのこの肛門絞り。実はこれ、またぶり返してきた脱肛対策として始めてきているものだが、それがなかなか難しい。技術的に難しいというより、意識を集中していないと持続できない。すぐに気がよそにゆき、忘れてしまっている。

それが今日、それを持続していて気付いたことだが、肛門絞りと腹筋は連続していて、これを続けることで、体幹がすきっと座る感じとなる。そうすると、足もよく前にでるし、回転も上がる。その結果としての、今日のこの3分台。そして、3分台とは、キロ当たり8分を切ったということ。それと、肛門絞りは、水泳のさい、足のツリを予防できる。不思議なのだが。

もうひとつ付け加えておくと、事前にすね筋のもみほくしを念入りにやったことも影響しているのかも。何か、足が軽い感じになっていた。

ともあれ、記録の復活はいい気分。

 

TST Day 170(2022年9月10日〈土〉)

いろいろと実例が出てくるこの経緯は、「近量子生活」上のサーフィンとでも呼んでもよかろうか。つまり、どうやら、波をつかんだようだとの感触なのだ。言ってみれば、世界はこの千年ほど、遠大な迂回をしてきたということで、それがようやく、正軌道に戻りつつあるのだ。だが、生命発生以来の数十億年単位の時間尺度にしてみれば、微々たるものなのだが。40億年中の千年を一日中に換算すれば、10秒。

 

TST Day 175(2022年9月15日〈木〉)

雨のため、なかば諦めていたところ、夕方には上がって日が差してきた。そこでにわかにはじりにでかける。遅くもなり芝も濡れているため、準備ストレッチを短く切り上げ、さっそくはじりだす。前半の調子は悪くはないのだが、腰痛が去らず、折り返した後もなくならない。上記の肛門絞りや腰の回転や押し出しを試みたが最後まで消えず。やはり、準備不十分のせいか。

 

TST Day 176(2022年9月16日〈金〉)

いま訳読中のくだりに、以下のような表現がある。

通常の外部に焦点を当てた活動のベータ域は、13サイクル/秒(CPS)以上である。こうした実践者は、自ら脳の活動範囲を、リラックスして創造的なアルファ域の7~13CPSへ、理想的には瞑想的で非常に直観的なシータ域である4~7CPSにまで下げる。4CPSのデルタ波状態以下では、夢のない深い眠りや身体意識喪失の状態で、遠隔視は不可能である。同様に、知覚、問題解決、覚醒した意識など、より高い精神活動状態にある40CPS以上のガンマ域は、遠隔視を成功させることは困難でである。

この脳波の周波数を下げて創造的アルファ域や、直観的なシータ域に下げるという表現は、実に示唆的だ。というのは、自分でいわゆる「アイデア」を沸かせている時は、これに相当している時だ。つまり、いつのまにやら体験的に、こうした瞬間を作り出す術を体得してきているようだ。

 

TST Day 178(2022年9月18日〈日〉)

ブログ執筆に、新たな意味合いが出てきている。これまで、その執筆は、一種の作品創作という動機で、やはりその出来具合が気になるという風だった。それが、その作業を継続し、ある程度の出版+閲読データの蓄積が出来てくることにより、個々の作品の内容の良し悪しより、そういう作品存在のこの世界との関係の在り方に、別の意味合いを見るようになってきている。いうなれば、それが誰であろうと個人のこの世界での存在に似て、あるがままに存在するしかないように、〈ブログ自分〉もそうなってきている。

これが行き着いてゆけば、〈ブログ自分〉というアバターのほうが存在感を増す事態も起こり得て、なにやらアバターの「シンギュラリティ―」が起こるという事かも知れない。

 

TST Day 180(2022年9月20日〈火〉)

昨日の泳ぎも、今日のはじりも、結果としてのタイムは、ここのところの記録破りとなった。だが、その取っ掛かりの調子の悪さは、どこか体の異常が始まっているのではないのかと、そんな心配すら抱えながらのことだった。

まあそれでも、諦めるのはいつでもできると持続して、四分の一、半分を通過し、そうしてなんとかやり切ってみると、微々たるものだが、タイムも縮まっていた。

誰しも無理は禁物というが、どこが無理で、どれが向上なのかは神のみぞ知るだ。

結果は、いつも向上と信じていながら、徐々に徐々にスローになってゆく。つまり、ただ継続あるのみ、ということではないか。

 

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